2009'11.26.Thu
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C.C.が夜中に突然現れ爆弾発言を投下し、来た時同様風のように去ってから、十日が経った。
彼女は去り際自分には理解のできない言葉をいくつか吐いて、そして次の来訪を珍しくも宣言していった。
彼女がゼロの元へ来るのは数ヶ月に一度で、毎回予告もなしに現れては気付いたら消えているというパターンが多い。
滞在する日数も適当で、ゼロの私室を私物化する時間も適当で、そして常に、次に会える保障などないと思わせる相手だった。
それは彼女の奔放さ故でもあった。だがそれ以上に自分の――ゼロの生活が不安定だからだった。
ゼロは世界各国を飛び回り、常に危険と隣りあわせで、いつだって命を狙われているのだ。いつどんなことが起こって、この自室に戻って来れなくなるかわからない。
ゼロの仮面を脱いでしまえば自分は名もないただの人間で、契約者でもない相手を彼女が探し出すのは不可能だろうから。
「……つまり、それまでゼロとして生きていろと、言うのか」
ぽつりと呟きを落とし、目を細める。
その約束で自分にかかっている『生きろ』というギアスの力を増幅させたのかもしれない。
生きなくてはならない、という強い思いで自分のギアスが発動するのはわかっている。今までずっとそれを使って危機を乗り越えてきたし、それを逆手にとってパフォーマンスもしてみせた。
(信用がないのか、それとも逃げ道を塞いだのか……)
そう考えてふっと自嘲する。
逃げ道など、あるはずもない。逃げる理由もない。
なのに何故、そんなことを思うのか。この部屋に足を踏み入れ、彼のことを思い出したせいだろうか。
ゼロが過ごす部屋の中で唯一の窓へと歩み寄れば、空には大きな月が見える。
この部屋は、ルルーシュがわざわざ最後に追加して作らせた部屋だ。ゼロを守るために作られた鉄壁の建物の中で、唯一外界との接触を許される部屋。
とはいえ窓は特殊なコーティングがされており、内側からは外が見えても外側からは中を窺う事はできない。自分の目で見たことはないが、ただの壁のように見えているのだとルルーシュは説明してくれた。
自分が潰れてしまわぬように、彼はここに、逃げ道を用意してくれていた。ゼロではなく在れる空間を、自分に遺すために。
彼は、優しかった。
遺していく人々のことを最後まで考えていた。
ゼロとして生きていく自分のことだけじゃない。共犯者であったC.C.。協力してくれたジェレミアや咲世子、ロイドにセシル。たくさん傷つけてしまっただろうナナリー。真実を話せなかったカレンやミレイ、リヴァル、ジノやアーニャ……。
ゼロに残されたのは今後のための資料だけでなく、彼らの『明日』に関係するものも多かった。
(世界は、ちゃんと、君が望んだとおりに動いているよ)
全部が全部彼が狙った通りにはなっていないけれど、多少の変化は仕方ないと諦めて欲しい。
毎日めまぐるしく情勢は変わり、彼が用意してくれたデータだけでは対応できないものも増えた。
そこはゼロの参謀としているシュナイゼルが何とかしてくれているから問題ない。自分でどうこうできないのは、もう、諦めている。
ルルーシュのような頭脳は、自分にはないのだから。頭を動かすことよりも身体を動かすことのほうが性に合っている。これはもう、生まれついたものだからどうにもならないと思う。
(それでも。……ここまで、来たんだ)
普段は立ち入りを禁じているこの部屋に来るのは、何かを決断する時だった。仮面なしで感じることのない外の景色を見ながら、今はどこにもいない彼に語りかけて。
そして、応えの返らない問いかけへの答えを、自ら見つけ出すのだ。
(C.C.が、「悪逆皇帝の墓を暴く」って言ってきかなくて、大変だった。そんなことをしたら、ロロの眠りまで妨げてしまうかもしれないのに)
どうにかそれは彼女を説き伏せて回避した。たとえ掘り返したその下に何もなかったとしても……いや、あのときのままそこに在るかもしれないからこそ、そんなことをしてはいけないと思う。
怖いのか、とC.C.は言った。現実を見るのが怖いのかと。無が有になることが怖いのかと。期待を裏切られるのが怖いのかと。
違う、と自分は返した。
C.C.の言ったことはすべて違う。小さな可能性に確かに心は跳ねたが、それに縋るほど弱くはない。
弱いままではいられなかった。心を強く持たねばゼロレクイエムなどできなかった。己の感情を殺すことができなければ、自らの手で、愛した相手を殺すことなどできなかった。
ゼロレクイエムは、彼の望みで、彼との約束で、たったひとつの想いの証だった。すべてを受け入れすべてを捨てた彼が、自分に遺し与えてくれたたったひとつの。
『俺は、おまえ以外に殺されてやるつもりはない』
微笑んだまま、彼はそう言った。おまえが反対するならゼロレクイエムの仕上げはC.C.にやらせると言った直後のことだ。
矛盾している、と苛立ちのまま吐き捨てた自分に、彼は声を立てずに笑った。
『おまえに殺されるなら、俺は最期まで笑っていられる』
おまえに殺されるなら幸せなんだと彼が笑う。酷い殺し文句だと思った。
『だから、おまえが俺を殺せ』
……本当に、酷い。
酷い、愛の告白だった。
愛している人に殺されるなら、最期を看取ってもらえるなら、それが不可抗力や事故や大きな間違いでも幸せなのかもしれない。
そんな馬鹿げたやりとりをした翌日に、そんなことを告げるなんて。
前日のそのやりとりすら彼の計算の内だったのかもしれないと思ったが、彼の言葉が嘘ではないとわかってしまった時点で自分の負けだった。
(……ああ、でも)
きっと、その言葉があったから、自分はここまで来れたのだろう。
月明かりがまぶしい夜空に星は見えない。月ばかりが強い光を放って、他の星たちはその存在を消してしまったかのようだった。
「君を殺した日の夜も、満月だったよ……」
呟いても応えなどない。それでも言葉にしてしまうのは、考えているだけでは何の形にもならず思考さえ掻き消されてしまいそうだからだ。
「君は……怖くなかった……?」
覚悟をしていたからといっても、迫り来る『死』に恐怖や不安はあったはずだ。だが彼はそれを一切口にしなかった。表情にも出さなかった。
互いが互いに自分の心をひたと押し隠していた。悟られていると知りながら。
自分は、怖いのかと問うC.C.に「違う」と返した。
でも、怖いと思うことはある。
怖いのは、彼が今どこにいるか知ること、ではないのだ。暗く冷たい土の中で彼が永眠り続けていると知ることではない。
(僕は、忘れることが怖い)
記憶は風化する。手に残った感触は時間が経てば薄れてしまう。哀しい気持ちも、辛い気持ちも、苦しい気持ちも、ゼロとして忙しなく動く時間が徐々に違うものへと変えてしまう。
写真があっても、映像があっても、実際の彼がいなければそのぬくもりすら思い出せない。あたたかかった、ただそれだけの単純な記憶に塗り替えられてしまう。
どんなに愛した人でも、もう二度と会えないと理解してしまえば、脳は勝手に記憶の書き換えを行ってしまうのだ。『今』必要な情報を前面にし、すぐには必要ない彼の情報は後ろへと追いやられて。
徐々に徐々に、『思い出』としての記憶へと変化していく。
忘却・風化は、彼の計画のうちのひとつだ。
悪逆皇帝としてのルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが残り、アッシュフォードにいたルルーシュ・ランペルージは人々の記憶から消えていく。……それでいいのだと、彼は笑っていた。
(でも、僕は)
悲しみが深い人ほど記憶は長く残るだろう。それでも必ず、思い出になり新しい幸せな記憶に塗り替えられる日が来る。
どんなに、それに抗ったって。
(鮮やかなまま、とどめておきたい。忘れたくない)
だから。
「……行くよ、ルルーシュ。君を探しに」
ずっと追い求める。常に新しい記憶を、彼に対する感情を持って。
やわらかな月の光の中、スザクはゆっくりと手のひらを握り締める。
『ゼロ』として生きることを決意し個を捨てた自分が、『スザク』を取り戻した瞬間だった。
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とある方の講演で、『死の恐怖』のお話を聞いたのです。癌を克服された方だったのですが、死を覚悟した時に感じた恐怖というのは、経験者にしかわからないものなのだなと思いました。自分の存在がなくなるとか、遺してしまう人のこととか、とにかく色んな恐怖があって……その中でも、「みんなに忘れられる恐怖」という言葉にはっとしました。悲しんでくれる人はいる、でもその人たちの中にどれだけ自分の記憶が残るのだろう?いつか忘れられてしまう、そんなの嫌だ。そういう気持ちがあるということを、その講演で初めて知って…それからずっと、「ルルーシュは忘れられることは怖くなったんだろうか」と考えてました。というわけで、あとがきが長くなりましたがそんなところから生まれたお話でした。
一発書きなので誤字脱字があったらすみません;
C.C.が夜中に突然現れ爆弾発言を投下し、来た時同様風のように去ってから、十日が経った。
彼女は去り際自分には理解のできない言葉をいくつか吐いて、そして次の来訪を珍しくも宣言していった。
彼女がゼロの元へ来るのは数ヶ月に一度で、毎回予告もなしに現れては気付いたら消えているというパターンが多い。
滞在する日数も適当で、ゼロの私室を私物化する時間も適当で、そして常に、次に会える保障などないと思わせる相手だった。
それは彼女の奔放さ故でもあった。だがそれ以上に自分の――ゼロの生活が不安定だからだった。
ゼロは世界各国を飛び回り、常に危険と隣りあわせで、いつだって命を狙われているのだ。いつどんなことが起こって、この自室に戻って来れなくなるかわからない。
ゼロの仮面を脱いでしまえば自分は名もないただの人間で、契約者でもない相手を彼女が探し出すのは不可能だろうから。
「……つまり、それまでゼロとして生きていろと、言うのか」
ぽつりと呟きを落とし、目を細める。
その約束で自分にかかっている『生きろ』というギアスの力を増幅させたのかもしれない。
生きなくてはならない、という強い思いで自分のギアスが発動するのはわかっている。今までずっとそれを使って危機を乗り越えてきたし、それを逆手にとってパフォーマンスもしてみせた。
(信用がないのか、それとも逃げ道を塞いだのか……)
そう考えてふっと自嘲する。
逃げ道など、あるはずもない。逃げる理由もない。
なのに何故、そんなことを思うのか。この部屋に足を踏み入れ、彼のことを思い出したせいだろうか。
ゼロが過ごす部屋の中で唯一の窓へと歩み寄れば、空には大きな月が見える。
この部屋は、ルルーシュがわざわざ最後に追加して作らせた部屋だ。ゼロを守るために作られた鉄壁の建物の中で、唯一外界との接触を許される部屋。
とはいえ窓は特殊なコーティングがされており、内側からは外が見えても外側からは中を窺う事はできない。自分の目で見たことはないが、ただの壁のように見えているのだとルルーシュは説明してくれた。
自分が潰れてしまわぬように、彼はここに、逃げ道を用意してくれていた。ゼロではなく在れる空間を、自分に遺すために。
彼は、優しかった。
遺していく人々のことを最後まで考えていた。
ゼロとして生きていく自分のことだけじゃない。共犯者であったC.C.。協力してくれたジェレミアや咲世子、ロイドにセシル。たくさん傷つけてしまっただろうナナリー。真実を話せなかったカレンやミレイ、リヴァル、ジノやアーニャ……。
ゼロに残されたのは今後のための資料だけでなく、彼らの『明日』に関係するものも多かった。
(世界は、ちゃんと、君が望んだとおりに動いているよ)
全部が全部彼が狙った通りにはなっていないけれど、多少の変化は仕方ないと諦めて欲しい。
毎日めまぐるしく情勢は変わり、彼が用意してくれたデータだけでは対応できないものも増えた。
そこはゼロの参謀としているシュナイゼルが何とかしてくれているから問題ない。自分でどうこうできないのは、もう、諦めている。
ルルーシュのような頭脳は、自分にはないのだから。頭を動かすことよりも身体を動かすことのほうが性に合っている。これはもう、生まれついたものだからどうにもならないと思う。
(それでも。……ここまで、来たんだ)
普段は立ち入りを禁じているこの部屋に来るのは、何かを決断する時だった。仮面なしで感じることのない外の景色を見ながら、今はどこにもいない彼に語りかけて。
そして、応えの返らない問いかけへの答えを、自ら見つけ出すのだ。
(C.C.が、「悪逆皇帝の墓を暴く」って言ってきかなくて、大変だった。そんなことをしたら、ロロの眠りまで妨げてしまうかもしれないのに)
どうにかそれは彼女を説き伏せて回避した。たとえ掘り返したその下に何もなかったとしても……いや、あのときのままそこに在るかもしれないからこそ、そんなことをしてはいけないと思う。
怖いのか、とC.C.は言った。現実を見るのが怖いのかと。無が有になることが怖いのかと。期待を裏切られるのが怖いのかと。
違う、と自分は返した。
C.C.の言ったことはすべて違う。小さな可能性に確かに心は跳ねたが、それに縋るほど弱くはない。
弱いままではいられなかった。心を強く持たねばゼロレクイエムなどできなかった。己の感情を殺すことができなければ、自らの手で、愛した相手を殺すことなどできなかった。
ゼロレクイエムは、彼の望みで、彼との約束で、たったひとつの想いの証だった。すべてを受け入れすべてを捨てた彼が、自分に遺し与えてくれたたったひとつの。
『俺は、おまえ以外に殺されてやるつもりはない』
微笑んだまま、彼はそう言った。おまえが反対するならゼロレクイエムの仕上げはC.C.にやらせると言った直後のことだ。
矛盾している、と苛立ちのまま吐き捨てた自分に、彼は声を立てずに笑った。
『おまえに殺されるなら、俺は最期まで笑っていられる』
おまえに殺されるなら幸せなんだと彼が笑う。酷い殺し文句だと思った。
『だから、おまえが俺を殺せ』
……本当に、酷い。
酷い、愛の告白だった。
愛している人に殺されるなら、最期を看取ってもらえるなら、それが不可抗力や事故や大きな間違いでも幸せなのかもしれない。
そんな馬鹿げたやりとりをした翌日に、そんなことを告げるなんて。
前日のそのやりとりすら彼の計算の内だったのかもしれないと思ったが、彼の言葉が嘘ではないとわかってしまった時点で自分の負けだった。
(……ああ、でも)
きっと、その言葉があったから、自分はここまで来れたのだろう。
月明かりがまぶしい夜空に星は見えない。月ばかりが強い光を放って、他の星たちはその存在を消してしまったかのようだった。
「君を殺した日の夜も、満月だったよ……」
呟いても応えなどない。それでも言葉にしてしまうのは、考えているだけでは何の形にもならず思考さえ掻き消されてしまいそうだからだ。
「君は……怖くなかった……?」
覚悟をしていたからといっても、迫り来る『死』に恐怖や不安はあったはずだ。だが彼はそれを一切口にしなかった。表情にも出さなかった。
互いが互いに自分の心をひたと押し隠していた。悟られていると知りながら。
自分は、怖いのかと問うC.C.に「違う」と返した。
でも、怖いと思うことはある。
怖いのは、彼が今どこにいるか知ること、ではないのだ。暗く冷たい土の中で彼が永眠り続けていると知ることではない。
(僕は、忘れることが怖い)
記憶は風化する。手に残った感触は時間が経てば薄れてしまう。哀しい気持ちも、辛い気持ちも、苦しい気持ちも、ゼロとして忙しなく動く時間が徐々に違うものへと変えてしまう。
写真があっても、映像があっても、実際の彼がいなければそのぬくもりすら思い出せない。あたたかかった、ただそれだけの単純な記憶に塗り替えられてしまう。
どんなに愛した人でも、もう二度と会えないと理解してしまえば、脳は勝手に記憶の書き換えを行ってしまうのだ。『今』必要な情報を前面にし、すぐには必要ない彼の情報は後ろへと追いやられて。
徐々に徐々に、『思い出』としての記憶へと変化していく。
忘却・風化は、彼の計画のうちのひとつだ。
悪逆皇帝としてのルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが残り、アッシュフォードにいたルルーシュ・ランペルージは人々の記憶から消えていく。……それでいいのだと、彼は笑っていた。
(でも、僕は)
悲しみが深い人ほど記憶は長く残るだろう。それでも必ず、思い出になり新しい幸せな記憶に塗り替えられる日が来る。
どんなに、それに抗ったって。
(鮮やかなまま、とどめておきたい。忘れたくない)
だから。
「……行くよ、ルルーシュ。君を探しに」
ずっと追い求める。常に新しい記憶を、彼に対する感情を持って。
やわらかな月の光の中、スザクはゆっくりと手のひらを握り締める。
『ゼロ』として生きることを決意し個を捨てた自分が、『スザク』を取り戻した瞬間だった。
----------------
とある方の講演で、『死の恐怖』のお話を聞いたのです。癌を克服された方だったのですが、死を覚悟した時に感じた恐怖というのは、経験者にしかわからないものなのだなと思いました。自分の存在がなくなるとか、遺してしまう人のこととか、とにかく色んな恐怖があって……その中でも、「みんなに忘れられる恐怖」という言葉にはっとしました。悲しんでくれる人はいる、でもその人たちの中にどれだけ自分の記憶が残るのだろう?いつか忘れられてしまう、そんなの嫌だ。そういう気持ちがあるということを、その講演で初めて知って…それからずっと、「ルルーシュは忘れられることは怖くなったんだろうか」と考えてました。というわけで、あとがきが長くなりましたがそんなところから生まれたお話でした。
一発書きなので誤字脱字があったらすみません;
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