2009'02.09.Mon
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「来てやったぞ。茶を出せ」
そんな物言いで、誰も入れないはずのゼロの私室にやってきたのは、萌黄色の髪を持つ少女だった。
「相変わらず唐突だな、君は。今日はどこから入った?」
「お前の部下は皆優秀だからな。ゼロの命は一度聞いたら忘れない」
暗に正面から来たぞと告げる彼女に、ゼロ――スザクは小さくため息をついた。
「……僕じゃない。彼のギアスだ」
わかっていることをつい口にしてしまったのは、彼女がここに来た理由を知っているからだ。
彼女はスザクの呟きを聞き流し、以前からそうしていたようにブーツを脱ぐとゼロの寝台へ寝そべった。傍若無人な振る舞いはあの頃からちっとも変わらない。そしてその変わらない理由を考えると、スザクは少しだけ波立つ感情を感じ取る。
「昨日ナナリーからもらった紅茶がある。ティーバッグだけど」
「ああ、それでいい。……食事は?」
「僕はもう済ませたよ。ピザを取るかい?」
ここへ来るたびにピザピザとうるさかった彼女のために、ピザ調達のラインは整えてある。先程彼女が言っていたとおりゼロの部下は優秀で、それがゼロからの注文だとは一切気取らせず、誰かに悟られることもなく、望みのものを用意してくれる。それは『彼』がゼロへ遺したもののひとつだった。
最初は操られている彼らを気の毒に思った。自分の意思でなく、ギアスという呪いの力で動かされている彼らを哀れだと思った。
だがそれを振り切ったのは、それ以上に『彼』との約束がスザクの中で大事だったからだ。
「いいや、今日はいい」
すんなり遠慮した彼女に、スザクは僅かに驚きを篭めた瞳を向ける。彼女はこちらに視線もくれず、目の前にあるゼロの仮面を指先で撫でていた。
彼女のそうした動作を見るのはこれが初めてではない。スザクはすっと視線を逸らし、紅茶を淹れることだけに専念した。
「明日は忙しいのか。黒の騎士」
ティーカップの中身が空になる頃になって、彼女がスザクの目を見つめそう言った。
もう騎士じゃない、と何度言っただろう。彼女はその度に微笑うだけで取り合わず、言われ慣れてしまった今ではスザクも特に訂正する気にもならなかった。
「……なんとかして、空けるよ」
そう返せば、彼女はそうかと呟き視線を落とし、もう中身がないはずのカップを傾けた。
(……ああ、僕はまだ、生きている)
泣くことも、笑うこともなくなった。感情という感情は乏しくなり、ただ毎日『彼』が遺したこの世界を、明日に向かって歩ませることだけを考えて過ごしている。
それでも、スザクは生きている。彼がスザクに遺した呪いの力で、どんなに気力がなくても気付けば食事はしているし、睡眠だって十分取れている。こんな不摂生極まりない生活をしていたって、薬なんかに頼ったことはない。
そんなスザクでも、感情があふれそうになることが、ある。
「C.C.」
「なんだ」
「……花は、何がいいかな」
彼女が来て、『彼』のことを思い出すときだけ、スザクは人間になれる気がする。この閉塞空間にいて狂わずにいられるのは――というと多少御幣はあるが――おそらく定期的にそうして感情を揺り動かされているからだ。
「そうだな。威厳・高貴・偉大・栄華――オリエンタル・リリー……真っ白な、カサブランカを」
彼女はいつも、『彼』のために白い花を選ぶ。決して色を混ぜない。
「……わかった。手配しておくよ」
何故、と訊いたことはなかった。
訊かなくとも、そんな彼女の気持ちを、スザクもなんとなく理解していた。
*
風の強い夜のことだった。窓ガラスのないゼロの部屋は風を感じることなどできないはずだったが――その時確かに、誰もいないはずのゼロの部屋に風が吹いた。
「……!」
反射的に布団を跳ね除け、スザクは侵入者を捕らえるべく動いた。
だがその直後、スザクは動きを止めることになる。
「スザク」
呼ばれたのが生きている時の自分の名で、その声がいつも突然来る彼女のものであったからだ。よく考えれば、警護は24時間体制で行われており、優秀なゼロの部下たちは侵入者など許しはしないのだった。ゼロ以外でここに自由に入れるのは唯一彼女だけだ。
そんな生活も、おそらくもうそろそろ終わりになるだろう。世界はもうゼロなしでもやっていける。ゼロの部下である彼らも呪いから解放してあげられるだろうと思う。
「C.C.」
僅かな非難を込め彼女を呼び、電気をつけようと伸ばした手は、なぜか彼女のよって遮られた。
暗闇に慣れた目に、ぼんやりと彼女の表情が見えてくる。その顔がいつもと違うことに気付き、スザクは続けようとした言葉を呑み込んだ。
「……スザク」
もう一度、彼女が名前を呼ぶ。スザクがゼロとなってから一度も呼ばれなかったその名。もうこの世には存在しない人物の名前。
だからこそ彼女はスザクのことを黒の騎士と呼んでいたのだろうに、一体どうしたというのか。
返事を返せずただ眉をひそめると、彼女はスザクの瞳を見つめゆっくりと唇を動かした。
「……V.V.は、死んだ」
「?ああ」
「シャルルも」
何だ?訝しげな表情はそのままに彼女の台詞を心の中で繰り返す。彼女の言葉遊びはよくあることだったが、これはそういう類のものではないようだ。
「嚮団は壊滅した。ギアス能力者は皆死んだ」
「……ああ」
「V.V.からシャルルへとコードは渡り、そのシャルルはギアスの力で消滅した」
「そう、だったね」
「私と同じ存在は、消えてしまった」
事実の確認――というわけでもなさそうだ。
スザクは以前のゼロのように頭の回転が良くない。彼女の謎かけのような台詞を先読みして理解することは難しい。
「だが、そうじゃなかった」
「……え?」
C.C.の金色の瞳が、困惑の色を浮かべる。こんな彼女を見るのは初めてだった。
「ここのことろ、Cの世界で『もう一人』の存在を感じる。私がV.V.の存在を感じ取った時に近い感覚だ」
「コードを持つ者が?……コードは、いくつあるんだ」
「それはわからない。だが、『新しいもの』と『古いもの』を認識することはできる」
「……新古?継承の?」
頷いた彼女は、スザクの腕をぐいと引くと顔を近づけた。
「ちなみにそれは、比較的新しい。……ここまで聞いて、何か思い当たらないか?枢木スザク」
スザクには、わからなかった。
C.C.の回りくどい説明に、どんな可能性が秘められていたかなどと。
何故彼女が、スザクを以前の名で呼んだのかなど。
彼女が「悪逆皇帝の墓を暴く」と言って初めて、スザクはやっと意味を理解した。
そしてその瞬間にあふれ出たのは、ずっと封印してきた彼に対する想いだった。
「ルルーシュ……」
世界にはもう、ゼロは必要ない。
必要なくなったらどうすればいいかなんて、彼は何も書き遺してくれなかった。
ならば。
「探しに、行ってもいいかな。……君を」
「来てやったぞ。茶を出せ」
そんな物言いで、誰も入れないはずのゼロの私室にやってきたのは、萌黄色の髪を持つ少女だった。
「相変わらず唐突だな、君は。今日はどこから入った?」
「お前の部下は皆優秀だからな。ゼロの命は一度聞いたら忘れない」
暗に正面から来たぞと告げる彼女に、ゼロ――スザクは小さくため息をついた。
「……僕じゃない。彼のギアスだ」
わかっていることをつい口にしてしまったのは、彼女がここに来た理由を知っているからだ。
彼女はスザクの呟きを聞き流し、以前からそうしていたようにブーツを脱ぐとゼロの寝台へ寝そべった。傍若無人な振る舞いはあの頃からちっとも変わらない。そしてその変わらない理由を考えると、スザクは少しだけ波立つ感情を感じ取る。
「昨日ナナリーからもらった紅茶がある。ティーバッグだけど」
「ああ、それでいい。……食事は?」
「僕はもう済ませたよ。ピザを取るかい?」
ここへ来るたびにピザピザとうるさかった彼女のために、ピザ調達のラインは整えてある。先程彼女が言っていたとおりゼロの部下は優秀で、それがゼロからの注文だとは一切気取らせず、誰かに悟られることもなく、望みのものを用意してくれる。それは『彼』がゼロへ遺したもののひとつだった。
最初は操られている彼らを気の毒に思った。自分の意思でなく、ギアスという呪いの力で動かされている彼らを哀れだと思った。
だがそれを振り切ったのは、それ以上に『彼』との約束がスザクの中で大事だったからだ。
「いいや、今日はいい」
すんなり遠慮した彼女に、スザクは僅かに驚きを篭めた瞳を向ける。彼女はこちらに視線もくれず、目の前にあるゼロの仮面を指先で撫でていた。
彼女のそうした動作を見るのはこれが初めてではない。スザクはすっと視線を逸らし、紅茶を淹れることだけに専念した。
「明日は忙しいのか。黒の騎士」
ティーカップの中身が空になる頃になって、彼女がスザクの目を見つめそう言った。
もう騎士じゃない、と何度言っただろう。彼女はその度に微笑うだけで取り合わず、言われ慣れてしまった今ではスザクも特に訂正する気にもならなかった。
「……なんとかして、空けるよ」
そう返せば、彼女はそうかと呟き視線を落とし、もう中身がないはずのカップを傾けた。
(……ああ、僕はまだ、生きている)
泣くことも、笑うこともなくなった。感情という感情は乏しくなり、ただ毎日『彼』が遺したこの世界を、明日に向かって歩ませることだけを考えて過ごしている。
それでも、スザクは生きている。彼がスザクに遺した呪いの力で、どんなに気力がなくても気付けば食事はしているし、睡眠だって十分取れている。こんな不摂生極まりない生活をしていたって、薬なんかに頼ったことはない。
そんなスザクでも、感情があふれそうになることが、ある。
「C.C.」
「なんだ」
「……花は、何がいいかな」
彼女が来て、『彼』のことを思い出すときだけ、スザクは人間になれる気がする。この閉塞空間にいて狂わずにいられるのは――というと多少御幣はあるが――おそらく定期的にそうして感情を揺り動かされているからだ。
「そうだな。威厳・高貴・偉大・栄華――オリエンタル・リリー……真っ白な、カサブランカを」
彼女はいつも、『彼』のために白い花を選ぶ。決して色を混ぜない。
「……わかった。手配しておくよ」
何故、と訊いたことはなかった。
訊かなくとも、そんな彼女の気持ちを、スザクもなんとなく理解していた。
*
風の強い夜のことだった。窓ガラスのないゼロの部屋は風を感じることなどできないはずだったが――その時確かに、誰もいないはずのゼロの部屋に風が吹いた。
「……!」
反射的に布団を跳ね除け、スザクは侵入者を捕らえるべく動いた。
だがその直後、スザクは動きを止めることになる。
「スザク」
呼ばれたのが生きている時の自分の名で、その声がいつも突然来る彼女のものであったからだ。よく考えれば、警護は24時間体制で行われており、優秀なゼロの部下たちは侵入者など許しはしないのだった。ゼロ以外でここに自由に入れるのは唯一彼女だけだ。
そんな生活も、おそらくもうそろそろ終わりになるだろう。世界はもうゼロなしでもやっていける。ゼロの部下である彼らも呪いから解放してあげられるだろうと思う。
「C.C.」
僅かな非難を込め彼女を呼び、電気をつけようと伸ばした手は、なぜか彼女のよって遮られた。
暗闇に慣れた目に、ぼんやりと彼女の表情が見えてくる。その顔がいつもと違うことに気付き、スザクは続けようとした言葉を呑み込んだ。
「……スザク」
もう一度、彼女が名前を呼ぶ。スザクがゼロとなってから一度も呼ばれなかったその名。もうこの世には存在しない人物の名前。
だからこそ彼女はスザクのことを黒の騎士と呼んでいたのだろうに、一体どうしたというのか。
返事を返せずただ眉をひそめると、彼女はスザクの瞳を見つめゆっくりと唇を動かした。
「……V.V.は、死んだ」
「?ああ」
「シャルルも」
何だ?訝しげな表情はそのままに彼女の台詞を心の中で繰り返す。彼女の言葉遊びはよくあることだったが、これはそういう類のものではないようだ。
「嚮団は壊滅した。ギアス能力者は皆死んだ」
「……ああ」
「V.V.からシャルルへとコードは渡り、そのシャルルはギアスの力で消滅した」
「そう、だったね」
「私と同じ存在は、消えてしまった」
事実の確認――というわけでもなさそうだ。
スザクは以前のゼロのように頭の回転が良くない。彼女の謎かけのような台詞を先読みして理解することは難しい。
「だが、そうじゃなかった」
「……え?」
C.C.の金色の瞳が、困惑の色を浮かべる。こんな彼女を見るのは初めてだった。
「ここのことろ、Cの世界で『もう一人』の存在を感じる。私がV.V.の存在を感じ取った時に近い感覚だ」
「コードを持つ者が?……コードは、いくつあるんだ」
「それはわからない。だが、『新しいもの』と『古いもの』を認識することはできる」
「……新古?継承の?」
頷いた彼女は、スザクの腕をぐいと引くと顔を近づけた。
「ちなみにそれは、比較的新しい。……ここまで聞いて、何か思い当たらないか?枢木スザク」
スザクには、わからなかった。
C.C.の回りくどい説明に、どんな可能性が秘められていたかなどと。
何故彼女が、スザクを以前の名で呼んだのかなど。
彼女が「悪逆皇帝の墓を暴く」と言って初めて、スザクはやっと意味を理解した。
そしてその瞬間にあふれ出たのは、ずっと封印してきた彼に対する想いだった。
「ルルーシュ……」
世界にはもう、ゼロは必要ない。
必要なくなったらどうすればいいかなんて、彼は何も書き遺してくれなかった。
ならば。
「探しに、行ってもいいかな。……君を」
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