2008'05.28.Wed
*-*-*-*-*-*-*
ゆらり、ゆらりと炎が揺れる。
水面に浮かんだいくつものキャンドルのその向こうに、おそらく彼女たちはいる。
特区日本の設立が再び報道されてから数日。エリア11の総督が密やかにその場に訪れることを、ルルーシュは知っていた。
日本では死者の魂を弔い追悼する行事として、灯篭流しというものをしたという。それに倣ってだろうか。このフジにある霊廟では、水を張った大きな池に死者の名を書いたキャンドルを浮かべ、揺らめく炎を見つめ祈りを捧げるようになっていた。回収が大変だという理由で、このキャンドルが外へと出ることはない。水の流れは自然のものではなく、循環器による人工的なものだった。
循環する水に揺れ動き、前面に広がるキャンドルは色とりどりできれいだろうと思う。しかしその中に、皇女であったユーフェミアの名を書いたキャンドルがいったいいくつあるだろう。……おそらく、無に等しいのではないだろうか。
この霊廟で死者を悼むのはほとんどがイレヴン――日本人だ。この場で命を落とした者たちも、そのほとんどが日本人。特区の成功を信じ、日本という名を取り戻したいと願った……そしてその願いを一方的に、無慈悲に、奪われた者たち。
「…………」
ルルーシュは手に持った真っ白なキャンドルをきゅっと握り締め、一度瞳を閉ざした。
ユーフェミアに騙された、裏切られた。日本人の多くはそう思っている。そしてゼロを信じ、ユーフェミアの騎士でありゼロをブリタニアに売り渡した枢木スザクを恨んでいる。彼が傍についているのが原因で、多くの日本人は現在の総督の言葉を信じられずにいる。
(ナナリー)
彼女の願いは、望みは、希望は。
ゼロがここにいては成り立たないものばかりだった。
そして彼女の傍らに在るスザクが、今のままでいては潰えてしまう脆いものでもある。
すべての元凶は自分だ。ゼロとなり、ギアスを暴走させ、自分の手でユーフェミアの命を奪った。ユーフェミアは何も悪くない。彼女はギアスという悪魔の力に支配され、己の意思とは真逆の行為を強いられた――いわば犠牲者の一人なのだ。
そして、そう。主を奪われ、鬼神となった彼の騎士も。
そう言い切ってしまえるまでにずいぶん時間がかかって、ずいぶん遠回りをしてしまった。すべてはナナリーの想いを、願いを、彼女が望む世界を知ることができたから……だから今、ルルーシュはここにいる。
常に付き纏っていた罪悪感と後悔。差し出されたナナリーの手に慄いた自分を理解して、それがどれだけ心の奥に巣食っているのかがわかった。
きっとルルーシュは、彼女に謝りたかったのだ。償いをしたかった。だがそれを許される身ではないと承知していたし、何よりルルーシュ自身がそれを許しはしなかった。
けれど。
懺悔も、償いも、必ずする。いつか、すべてが終わったときに。
(なあ、ユフィ)
目を開き、キャンドルの側面にそっと彼女の名を刻んで行く。
幼い頃ナナリーと自分を取り合った姿。ゼロがルルーシュだと知り、生きていてよかったと流してくれた涙。ナナリーのためだと、自分は何も大事なものをなくしていないと、そう言って微笑み、差し伸べられた優しい手。
思い出せる彼女のすべてを脳裏に描いて。
(君は、こんな俺の、)
刻まれた名を確認して、キャンドルに一度だけ唇を落とす。
好きだったよ。ありがとう。今はまだ、それ以外を伝えられないけれど――。
(こんな命で、いいと言ってくれるだろうか)
すべてが終わったら。すべて君に捧げよう。何もかも。命でさえも。
どんな形になるかなんてわからない、けれどきっと終わりは来るから。
火をつけ、そっと水面にキャンドルを下ろす。
ゆっくりと離れて行くキャンドルを見つめ、その奥に記憶の中のユーフェミアの笑顔をみつけて、ルルーシュは微笑んだ。
彼女が自分を赦すかどうかはわからない。赦されたいとも思っていない。ただここには、自分の決意を告げにきたのだ。
大事な人を守るために戦うことを。ユーフェミアやナナリーの願う、優しい世界を手に入れることを。
そのためには、ナナリーの傍にいるあの男をたき付ける必要がある。優しい言葉は、ゼロである自分にはかけられない。だからゼロらしいやり方で、スザクが自ら思いを吐露するように仕向け、日本人の意識の変革を願おう。まずはそれからだ。彼も、自分も。そして世界も。
彼のことを誰よりも理解していたのは、おそらくユーフェミアだろうから。どうか、彼らのことを助けてやって欲しい。むしのいい願いだと分かっているけれど……。
(頑固で、融通がきかない。よく言えば一途なんだろうが……自分の中でだけわかっていて、周りには何も言わないあの性格はどうにかしたほうがいいと思わないか)
本当ね、と彼女が笑う。言わなくても理解してくれる人なんて、いないのにね……。
(ユフィ、俺は)
もう少しでキャンドルは水路から消えてしまう。中央に設えられた広間に続く水路は霊廟の裏から8本流れていて、そのどれもが人知れずキャンドルを流すために使われていた。
(俺は、スザクを、)
するりと、キャンドルが角を曲がり姿を消す。
言いかけた台詞の先を呑みこみ、一度首を振って、ルルーシュは水路に背を向けた。
ユーフェミアに告げなかった言葉。
それは、ルルーシュの彼に対する想いだった。
いつか――、いつかそれを、彼自身に伝えられたらいい。ルルーシュは静かに空を仰いだ。
ゆらり、ゆらりと炎が揺れる。
水面に浮かんだいくつものキャンドルのその向こうに、おそらく彼女たちはいる。
特区日本の設立が再び報道されてから数日。エリア11の総督が密やかにその場に訪れることを、ルルーシュは知っていた。
日本では死者の魂を弔い追悼する行事として、灯篭流しというものをしたという。それに倣ってだろうか。このフジにある霊廟では、水を張った大きな池に死者の名を書いたキャンドルを浮かべ、揺らめく炎を見つめ祈りを捧げるようになっていた。回収が大変だという理由で、このキャンドルが外へと出ることはない。水の流れは自然のものではなく、循環器による人工的なものだった。
循環する水に揺れ動き、前面に広がるキャンドルは色とりどりできれいだろうと思う。しかしその中に、皇女であったユーフェミアの名を書いたキャンドルがいったいいくつあるだろう。……おそらく、無に等しいのではないだろうか。
この霊廟で死者を悼むのはほとんどがイレヴン――日本人だ。この場で命を落とした者たちも、そのほとんどが日本人。特区の成功を信じ、日本という名を取り戻したいと願った……そしてその願いを一方的に、無慈悲に、奪われた者たち。
「…………」
ルルーシュは手に持った真っ白なキャンドルをきゅっと握り締め、一度瞳を閉ざした。
ユーフェミアに騙された、裏切られた。日本人の多くはそう思っている。そしてゼロを信じ、ユーフェミアの騎士でありゼロをブリタニアに売り渡した枢木スザクを恨んでいる。彼が傍についているのが原因で、多くの日本人は現在の総督の言葉を信じられずにいる。
(ナナリー)
彼女の願いは、望みは、希望は。
ゼロがここにいては成り立たないものばかりだった。
そして彼女の傍らに在るスザクが、今のままでいては潰えてしまう脆いものでもある。
すべての元凶は自分だ。ゼロとなり、ギアスを暴走させ、自分の手でユーフェミアの命を奪った。ユーフェミアは何も悪くない。彼女はギアスという悪魔の力に支配され、己の意思とは真逆の行為を強いられた――いわば犠牲者の一人なのだ。
そして、そう。主を奪われ、鬼神となった彼の騎士も。
そう言い切ってしまえるまでにずいぶん時間がかかって、ずいぶん遠回りをしてしまった。すべてはナナリーの想いを、願いを、彼女が望む世界を知ることができたから……だから今、ルルーシュはここにいる。
常に付き纏っていた罪悪感と後悔。差し出されたナナリーの手に慄いた自分を理解して、それがどれだけ心の奥に巣食っているのかがわかった。
きっとルルーシュは、彼女に謝りたかったのだ。償いをしたかった。だがそれを許される身ではないと承知していたし、何よりルルーシュ自身がそれを許しはしなかった。
けれど。
懺悔も、償いも、必ずする。いつか、すべてが終わったときに。
(なあ、ユフィ)
目を開き、キャンドルの側面にそっと彼女の名を刻んで行く。
幼い頃ナナリーと自分を取り合った姿。ゼロがルルーシュだと知り、生きていてよかったと流してくれた涙。ナナリーのためだと、自分は何も大事なものをなくしていないと、そう言って微笑み、差し伸べられた優しい手。
思い出せる彼女のすべてを脳裏に描いて。
(君は、こんな俺の、)
刻まれた名を確認して、キャンドルに一度だけ唇を落とす。
好きだったよ。ありがとう。今はまだ、それ以外を伝えられないけれど――。
(こんな命で、いいと言ってくれるだろうか)
すべてが終わったら。すべて君に捧げよう。何もかも。命でさえも。
どんな形になるかなんてわからない、けれどきっと終わりは来るから。
火をつけ、そっと水面にキャンドルを下ろす。
ゆっくりと離れて行くキャンドルを見つめ、その奥に記憶の中のユーフェミアの笑顔をみつけて、ルルーシュは微笑んだ。
彼女が自分を赦すかどうかはわからない。赦されたいとも思っていない。ただここには、自分の決意を告げにきたのだ。
大事な人を守るために戦うことを。ユーフェミアやナナリーの願う、優しい世界を手に入れることを。
そのためには、ナナリーの傍にいるあの男をたき付ける必要がある。優しい言葉は、ゼロである自分にはかけられない。だからゼロらしいやり方で、スザクが自ら思いを吐露するように仕向け、日本人の意識の変革を願おう。まずはそれからだ。彼も、自分も。そして世界も。
彼のことを誰よりも理解していたのは、おそらくユーフェミアだろうから。どうか、彼らのことを助けてやって欲しい。むしのいい願いだと分かっているけれど……。
(頑固で、融通がきかない。よく言えば一途なんだろうが……自分の中でだけわかっていて、周りには何も言わないあの性格はどうにかしたほうがいいと思わないか)
本当ね、と彼女が笑う。言わなくても理解してくれる人なんて、いないのにね……。
(ユフィ、俺は)
もう少しでキャンドルは水路から消えてしまう。中央に設えられた広間に続く水路は霊廟の裏から8本流れていて、そのどれもが人知れずキャンドルを流すために使われていた。
(俺は、スザクを、)
するりと、キャンドルが角を曲がり姿を消す。
言いかけた台詞の先を呑みこみ、一度首を振って、ルルーシュは水路に背を向けた。
ユーフェミアに告げなかった言葉。
それは、ルルーシュの彼に対する想いだった。
いつか――、いつかそれを、彼自身に伝えられたらいい。ルルーシュは静かに空を仰いだ。
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