2009'03.25.Wed
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なあ、ルルーシュ。
寝ていると思っていた彼女から声がかかり、ルルーシュは手元に落としていた視線をベッドへと投げた。
だが枕に散らばる萌黄色は微動だにせず、ルルーシュに背を向けたままだった。
「……何だ」
それでも視線と返答とを投げてやったのは、そんな彼女の姿を見るのももうあと数日しかないと思ったからだ。
最後まで彼女と自分は共犯者だった。共にベッドに入ろうとも男と女ではなかった。恋人でもない、親子でもない、友人でもない。共犯者――それ以上でもそれ以下でもない関係。
ルルーシュはその関係に感謝していたのかもしれない。友人であった者たちや肉親であった者たち、自分を慕ってくれていた者たちとは、どんな形であれすべて別れを告げてしまったから。
ルルーシュが残したのは、この不死である共犯者と、自分と等しく罪を背負う、……彼だけ。
「パレードの段取りは進んでいるのか?」
「ああ。警備の配置やゼロが通り抜けるルートの確保も済んだ。あとはパレード用の車さえ出来上がれば、すぐにでも行える」
「すぐにでも、か。そんなに早く殺されたいか」
C.C.はそこでやっとルルーシュの方を向いた。相変わらず感情の篭らない瞳でこちらを見つめる琥珀にふっと笑み返し、ルルーシュは椅子の背に寄りかかった。
「急いでいるように見えるか?」
見えるな、と答え、C.C.はむくりと身を起こすと長い髪をはらう。拘束服を脱いだ彼女は、白いキャミソール一枚の姿だ。もともとは皇帝や騎士とお揃いの服を用意していたのだが、彼女は機会があったらなと言ったきり袖を通そうとしなかった。彼女がその揃いの服を着たがらないその理由に、ルルーシュは気付いていた。
皇帝と騎士、二人と同じ罪を背負い、等しい罰を受けることができないからだ。この皇帝の服は、ルルーシュの覚悟の証。最期の日に、英雄によって罰せられるその時に、赤が良く映えるように。そしてかの騎士も、すべての罪を背負い歩む……それを象徴するかのような黒を纏い、最期の日にゼロとなることを予告したナイト・オブ・ゼロを名乗っていた。
彼女だけが何もない。最期の日は、彼女はただ自分たちの覚悟を見守ってもらうしかない。
「……ナナリーが食事を摂らないと、世話係が嘆いていたな」
それが理由だろうと目だけで問いかけてくる彼女に、ルルーシュは曖昧に頷き返した。
皇帝ルルーシュがダモクレスを支配し、シュナイゼルを配下に取り込んだあの日から、ナナリーはほとんど食事を口にしていない。ギアスをかけた医師に診せて栄養の摂取をさせ、メイドには日々のストレッチなども手伝わせ、自分がいなくなってから彼女が身体のことで困らないようにと気を遣ってはいるが……やはり限界はある。
「ナナリーだけじゃない。拘束されている者は皆そうだ」
ベッドから降りルルーシュの方に向かってきたC.C.にそう言えば、彼女は小さなため息をついたようだった。
「お前は優しいな」
微かな囁きと共に背後から腕が回される。肩口に伏せられている彼女の顔はルルーシュには見えなかった。
随分人間らしくなったな、と思う。出会った頃の彼女は、感情というものが欠落しているのではないかと思うほど笑いもせず泣きもせず取り乱しもせず……話していても言葉に起伏が見られなかった。だが皇帝とマリアンヌを消し、再びこの世界に戻ってからは僅かだが感情を見せるようになっている。
こうして背後からの接触をする時には、その表情を見られたくないからなのだ。
「別の方法を、探す気はないのか?」
「……。ここまできて、今さら何を」
「シュナイゼルに聞いた。別の方法もいくつか考え付くが、皇帝陛下の望むのは違うのだから仕方ない。奴はそう言っていた」
「C.C.。お前」
「奴にはギアスがかかっている。問題ないだろう」
そういう問題じゃない。ルルーシュは奥歯を噛み締めると瞼を下ろした。
「……最初に言っただろう。俺の考え付く計画は、これしかない。シュナイゼルがいくら違う方法があると言った所で、ここまで最悪の名を馳せた悪逆皇帝が殺されずに消える方法などありはしない」
「消える、か」
C.C.が笑う。何だ、と視線を投げるが、やはり彼女の顔は見えないままだった。
なあルルーシュ、と彼女が再び呟く。何だ、とルルーシュも先程と同じ言葉を返す。
「スザクが目を覚ました時、私が傍にいただろう」
「……?ああ、そうだったな」
突然変わった話題に訝しげに返せば、C.C.は少しだけ間をおき、それからこう言った。
「あいつは、お前のことを愛していると言っていた」
「!」
「愛しているから、お前の望みを叶えるのだと。約束を違えることなく執行するのだと。……哀しいな。愛しているものを、手にかける。すでにあいつの名はこの世から消えていて、枢木スザクという人物は存在しない……だがあいつは生身でここにいて、愛する者との明日を欲している」
「…………何が、言いたい」
喉が渇いて声が掠れた。
C.C.の言わんとしていることを察してしまったからだ。
しかし、何故、今頃。今になって、そんなことを。
「…………」
不意に腕が外され、C.C.がルルーシュから離れた。ふとデスクを見ると、チカチカと点滅するものがある。サウンドオンリーの通信が入っているのだ。
一度深呼吸してから通信許可のボタンを押す――と、聞きなれた柔らかい声が耳に入ってきた。
『ああ、ルルーシュ。まだ起きてた?』
「……スザク」
彼のことを話していたせいか、スザクの声を聞いたら胸がズキリと痛んだ。
そんなもの、とっくに捨ててしまっていたはずだったのに。
「戻ったのか。いつ?」
『さっき。君の言ったとおりにやってきた。報告がてらそっちに行こうと思うんだけど、いいかな』
「ああ。……待ってる」
じゃあ、またあとで。
スザクからの通信はそれだけで切れた。いつも通りの彼の声。
その手で人を殺せと言っているのだ、いくら覚悟を決めていたって時が近づけば不安定にもなるだろう。だが彼にはそんな素振りがまったくない。
だが、それはきっと、ルルーシュが知らないだけなのだ。
ルルーシュに、知らせないように、彼が気を張っているだけなのだ……。
「スザクが来るなら私は退散しよう。この間のように隣でいちゃいちゃされても迷惑だ」
「C.C.」
いつもなら噛み付いているだろうC.C.の茶化しは横へ流して、ルルーシュは硬質の声で彼女を呼んだ。服を持って出て行きかけていた彼女はルルーシュを振り返り、すいと目を細めてみせる。
「スザクは、俺の……いや、ゼロレクイエムに……」
どう言えばいいか珍しくも逡巡したルルーシュに、C.C.は微かに微笑んだ。
「理屈では納得している。だが感情がそれに追いついていない。ここに来て、8年前や学園にいた頃よりもお前のことを理解し距離が近づいた。あの頃嘘ばかりだった互いの絆が、ここに来て本物になった。……その絆を、あいつは本当は失くしたくないと思っている。お前との未来を、明日を、望んでいるのさ。……当然だろう?お前のように、何もかも諦めがつくはずがない」
ルルーシュは答え返せなかった。どうしてそんな風に諦めがつくのか――己の生を捨てる覚悟ができるのか。それは今まで自分が犯してきた罪の重さにつりあうものが命しかないからだ。生きたいと願う、その願いごと捧げなくてはその罪につりあわないと思うからだ。だから……諦めている、わけではない。生きたいという望みを奪われる、それが当然だと思っているだけだ。
「……だから、お前は優しすぎるというんだ」
彼女の言葉の真意はわからなかった。
ただ――今まで、ルルーシュの立てた計画や行動などにまったく口を挟んでこなかった彼女が、ここまで言葉にしたことに驚いていた。
「なあ、ルルーシュ」
三度目の呼びかけ。
何だ、とやはり同じ答えを返せば、彼女は。
「言わないつもりだったが、やはり言っておく。……私はお前の未来を、明日を、望んでいるよ」
そして。
哀しそうな微笑をルルーシュの脳裏に残して、――扉が閉まった。
なあ、ルルーシュ。
寝ていると思っていた彼女から声がかかり、ルルーシュは手元に落としていた視線をベッドへと投げた。
だが枕に散らばる萌黄色は微動だにせず、ルルーシュに背を向けたままだった。
「……何だ」
それでも視線と返答とを投げてやったのは、そんな彼女の姿を見るのももうあと数日しかないと思ったからだ。
最後まで彼女と自分は共犯者だった。共にベッドに入ろうとも男と女ではなかった。恋人でもない、親子でもない、友人でもない。共犯者――それ以上でもそれ以下でもない関係。
ルルーシュはその関係に感謝していたのかもしれない。友人であった者たちや肉親であった者たち、自分を慕ってくれていた者たちとは、どんな形であれすべて別れを告げてしまったから。
ルルーシュが残したのは、この不死である共犯者と、自分と等しく罪を背負う、……彼だけ。
「パレードの段取りは進んでいるのか?」
「ああ。警備の配置やゼロが通り抜けるルートの確保も済んだ。あとはパレード用の車さえ出来上がれば、すぐにでも行える」
「すぐにでも、か。そんなに早く殺されたいか」
C.C.はそこでやっとルルーシュの方を向いた。相変わらず感情の篭らない瞳でこちらを見つめる琥珀にふっと笑み返し、ルルーシュは椅子の背に寄りかかった。
「急いでいるように見えるか?」
見えるな、と答え、C.C.はむくりと身を起こすと長い髪をはらう。拘束服を脱いだ彼女は、白いキャミソール一枚の姿だ。もともとは皇帝や騎士とお揃いの服を用意していたのだが、彼女は機会があったらなと言ったきり袖を通そうとしなかった。彼女がその揃いの服を着たがらないその理由に、ルルーシュは気付いていた。
皇帝と騎士、二人と同じ罪を背負い、等しい罰を受けることができないからだ。この皇帝の服は、ルルーシュの覚悟の証。最期の日に、英雄によって罰せられるその時に、赤が良く映えるように。そしてかの騎士も、すべての罪を背負い歩む……それを象徴するかのような黒を纏い、最期の日にゼロとなることを予告したナイト・オブ・ゼロを名乗っていた。
彼女だけが何もない。最期の日は、彼女はただ自分たちの覚悟を見守ってもらうしかない。
「……ナナリーが食事を摂らないと、世話係が嘆いていたな」
それが理由だろうと目だけで問いかけてくる彼女に、ルルーシュは曖昧に頷き返した。
皇帝ルルーシュがダモクレスを支配し、シュナイゼルを配下に取り込んだあの日から、ナナリーはほとんど食事を口にしていない。ギアスをかけた医師に診せて栄養の摂取をさせ、メイドには日々のストレッチなども手伝わせ、自分がいなくなってから彼女が身体のことで困らないようにと気を遣ってはいるが……やはり限界はある。
「ナナリーだけじゃない。拘束されている者は皆そうだ」
ベッドから降りルルーシュの方に向かってきたC.C.にそう言えば、彼女は小さなため息をついたようだった。
「お前は優しいな」
微かな囁きと共に背後から腕が回される。肩口に伏せられている彼女の顔はルルーシュには見えなかった。
随分人間らしくなったな、と思う。出会った頃の彼女は、感情というものが欠落しているのではないかと思うほど笑いもせず泣きもせず取り乱しもせず……話していても言葉に起伏が見られなかった。だが皇帝とマリアンヌを消し、再びこの世界に戻ってからは僅かだが感情を見せるようになっている。
こうして背後からの接触をする時には、その表情を見られたくないからなのだ。
「別の方法を、探す気はないのか?」
「……。ここまできて、今さら何を」
「シュナイゼルに聞いた。別の方法もいくつか考え付くが、皇帝陛下の望むのは違うのだから仕方ない。奴はそう言っていた」
「C.C.。お前」
「奴にはギアスがかかっている。問題ないだろう」
そういう問題じゃない。ルルーシュは奥歯を噛み締めると瞼を下ろした。
「……最初に言っただろう。俺の考え付く計画は、これしかない。シュナイゼルがいくら違う方法があると言った所で、ここまで最悪の名を馳せた悪逆皇帝が殺されずに消える方法などありはしない」
「消える、か」
C.C.が笑う。何だ、と視線を投げるが、やはり彼女の顔は見えないままだった。
なあルルーシュ、と彼女が再び呟く。何だ、とルルーシュも先程と同じ言葉を返す。
「スザクが目を覚ました時、私が傍にいただろう」
「……?ああ、そうだったな」
突然変わった話題に訝しげに返せば、C.C.は少しだけ間をおき、それからこう言った。
「あいつは、お前のことを愛していると言っていた」
「!」
「愛しているから、お前の望みを叶えるのだと。約束を違えることなく執行するのだと。……哀しいな。愛しているものを、手にかける。すでにあいつの名はこの世から消えていて、枢木スザクという人物は存在しない……だがあいつは生身でここにいて、愛する者との明日を欲している」
「…………何が、言いたい」
喉が渇いて声が掠れた。
C.C.の言わんとしていることを察してしまったからだ。
しかし、何故、今頃。今になって、そんなことを。
「…………」
不意に腕が外され、C.C.がルルーシュから離れた。ふとデスクを見ると、チカチカと点滅するものがある。サウンドオンリーの通信が入っているのだ。
一度深呼吸してから通信許可のボタンを押す――と、聞きなれた柔らかい声が耳に入ってきた。
『ああ、ルルーシュ。まだ起きてた?』
「……スザク」
彼のことを話していたせいか、スザクの声を聞いたら胸がズキリと痛んだ。
そんなもの、とっくに捨ててしまっていたはずだったのに。
「戻ったのか。いつ?」
『さっき。君の言ったとおりにやってきた。報告がてらそっちに行こうと思うんだけど、いいかな』
「ああ。……待ってる」
じゃあ、またあとで。
スザクからの通信はそれだけで切れた。いつも通りの彼の声。
その手で人を殺せと言っているのだ、いくら覚悟を決めていたって時が近づけば不安定にもなるだろう。だが彼にはそんな素振りがまったくない。
だが、それはきっと、ルルーシュが知らないだけなのだ。
ルルーシュに、知らせないように、彼が気を張っているだけなのだ……。
「スザクが来るなら私は退散しよう。この間のように隣でいちゃいちゃされても迷惑だ」
「C.C.」
いつもなら噛み付いているだろうC.C.の茶化しは横へ流して、ルルーシュは硬質の声で彼女を呼んだ。服を持って出て行きかけていた彼女はルルーシュを振り返り、すいと目を細めてみせる。
「スザクは、俺の……いや、ゼロレクイエムに……」
どう言えばいいか珍しくも逡巡したルルーシュに、C.C.は微かに微笑んだ。
「理屈では納得している。だが感情がそれに追いついていない。ここに来て、8年前や学園にいた頃よりもお前のことを理解し距離が近づいた。あの頃嘘ばかりだった互いの絆が、ここに来て本物になった。……その絆を、あいつは本当は失くしたくないと思っている。お前との未来を、明日を、望んでいるのさ。……当然だろう?お前のように、何もかも諦めがつくはずがない」
ルルーシュは答え返せなかった。どうしてそんな風に諦めがつくのか――己の生を捨てる覚悟ができるのか。それは今まで自分が犯してきた罪の重さにつりあうものが命しかないからだ。生きたいと願う、その願いごと捧げなくてはその罪につりあわないと思うからだ。だから……諦めている、わけではない。生きたいという望みを奪われる、それが当然だと思っているだけだ。
「……だから、お前は優しすぎるというんだ」
彼女の言葉の真意はわからなかった。
ただ――今まで、ルルーシュの立てた計画や行動などにまったく口を挟んでこなかった彼女が、ここまで言葉にしたことに驚いていた。
「なあ、ルルーシュ」
三度目の呼びかけ。
何だ、とやはり同じ答えを返せば、彼女は。
「言わないつもりだったが、やはり言っておく。……私はお前の未来を、明日を、望んでいるよ」
そして。
哀しそうな微笑をルルーシュの脳裏に残して、――扉が閉まった。
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