居心地が悪い。キラはもぞもぞと椅子の上で尻を動かした。
先ほどから何度も、この場から離れられたらどんなにいいだろうと冷や汗をかきつつ大人しく座っているわけなのだが……どうにもこうにも、そんな逃亡が許されるような状況ではない、わけで。
「……どうして俺たちを?」
小さな溜息と共に、キラの隣で足を組んでいたアスランがそう呟いた。
「プロデューサーと出演者、そして視聴者の方々からの人気投票です」
「それはグループで? 個人で?」
「個人で、ですね。異例の同票一位です。さすがですね」
目の前に座っている人物はアスランの不機嫌さにも動じず、そんな風に言うとにっこりと笑顔を向けてきた。褒められているように聞こえる台詞だが、その裏には何かがあるぞと自ら暴露している台詞でもある。
同票だなどと、そんあことあるものか。
アスランの目はそう言っていた。それは確かに、キラも同意見ではある、のだ、が。
目の前に座っているのは、ある番組のディレクターだという。キラやアスランは一度も会ったことのない人物で、それだけでも少し緊張するのに……この会合の雰囲気は、アスランのおかげでピリピリとしていて。けれど彼がそんな態度を取る理由もちゃんとわかっているから、余計な口を挟むこともできない。
チラ、と少し離れた位置にいるマネージャーを一瞥すると、彼女は口を引き結んだままただ目を細めた。
――自分で考えてみて。
この部屋に入る前、マネージャーはキラとアスランにそう言った。
――最終的な決定はあなたたちに任せるわ。
スケジュールは空いている。話を聞いて、自分たちで判断しなさい、と。
「先日見せていただいた脚本と微妙に内容が変わっている気がするんですが?」
「そうですね。先日のものはお二人を想定してのものではなかったので……今回、少し手を加えました」
「自分たちを想定して、これ、ですか」
アスランのイライラゲージが上がる。いつもの彼は仕事に関する場でこれほど感情を顕にすることがない。それを知っているから、キラはどうやってこの場を収めようかと頭をフル回転させていた。
手元の脚本をぱらりとめくる。問題はこの脚本にあるのだ。
脚本とは言っても、これは映画や連続ドラマなどの脚本ではない。ある企画番組の中で、約20分ほど放送されるミニドラマのものだ。企画番組自体は以前から噂になっていて、解説やコメンテーターとして出演するのが誰なのかずっと気になっていた。
それはいい、そこには何の問題もない。問題があるのは――その番組のテーマだ。
その番組の今回のテーマは――『禁忌』。
「少しだけ、台詞の言い回しや相手との距離感などを変えました。ラストも」
「…………」
キラと同じように脚本を再び開き、アスランは睨みつけるような視線で文字を追う。
たぶん、題材がこれじゃなかったなら、アスランもこんな顔をしなかっただろう。
禁忌。タブー。してはいけないこと。
色々な意味を持つその言葉だが、番組内ではいくつかの事例をドラマにと取り上げていた。その中のひとつに、今自分たちがもちかけられているドラマがある。
「キラ」
アスランが静かに自分を呼んだ。
顔を向けると、彼は思ったより落ち着いた瞳でキラを見ていた。
「俺の意見は、昨日言ったのと変わらない。……どう思う」
「うん……」
困ったように微笑い、再び視線を落とす。
前回の連続ドラマが、この依頼にも影響を及ぼしているのではないかとそう思う。あの時自分たちはカメラの前でお互いに演技をした。瞳を閉じ、濡れた唇を合わせた。すべて、『演技』で。
「僕たちを……っていうのは、何となくわかるんだけど……」
そこで一旦、言葉を切る。
自分たちに課せられた『タブー』。
それは、『同性愛』、だった。
最近、番組でもよく取り上げられている話題だ。だが……だからこそ、抵抗はある。
アスランは昨夜、冗談じゃないとキラに言った。
あの時と今は違う。確かに番組の期待度はかなり高く、ミニドラマとはいえ監督も脚本も名のある人ばかりで……たしかに基盤はしっかりしている。だが、このテーマで自分たちがやれるのか。
アスランの杞憂に、キラは『俳優としてなら』と返した。どんな内容でも、『仕事』としてなら、『お芝居』としてならできる。それがプロというものだ、と。
いつもはアスランがキラに言っている言葉だ。今回ばかりは、と頑なに拒否するアスランに、『僕は大丈夫』と返した。アスランはいつも、自分のことよりキラのことを優先して考えてくれている。今回もきっとそうなのだと思う。『周りに何言われても平気だよ』……キラの言葉に、アスランは困ったように笑っていた。
だから、よく考えずに斬って捨てるのはどうかと思うのだ。
どんな内容だとしても、これが自分にとってプラスになるのかどうか。自分に合っているのかどうか。役者として、いい作品に仕上げることができるかどうか。それが、個人的な感情より先に考えるべきことで。
……ただ、気になるのは周りの人間の思惑だった。
マネージャーが、知っているのに何も言わないこと。決定権を自分たちに委ねたこと。それはきっと、相手側だけでなく自分たちの事務所が関わっている何かがあるからだ。
話題性のあるもの、特に常識を逸している事柄は、使い方次第でスキャンダルにもカンフル剤にもなる。
いつだったか、社長が言っていた台詞だ。社長がこの依頼を知っているとしたら、そしてストップをかけてこないとしたら、事務所としてはこれがキラたちにプラスになると判断している可能性もある。
この間から。あのドラマが爆発的な視聴率を打ち出してから、なんとなく、周りがそういうムード……なのだ。キラとアスランを、『そういう路線』で売り出したらどうかという思惑が見え隠れしている。
「これ、名前はわざとですか。実際にこのまま?」
「ええ。お二人にはそのままの名前で出演していただきたいと思ってます」
そうですか、と答えたキラの横で、はぁ、とアスランが再び息をつく。冗談じゃない、と言いたそうな顔。
しばらく考えて、マネージャーの顔もちらりと見て。不貞腐れたようにも見えるアスランの横顔に苦笑すると、キラは口を開いた。
「僕としては……前向きに検討したいと思うのですが」
「――キラ」
抑えた、だが責めるような声音でアスランがキラを呼んだ。
だがそのまま隣には視線を向けず、キラは目の前のディレクターに脚本を差し出す。
「ただ、脚本が否定的なのが気になって。もう少し、肯定的な内容なら……と」
キラの言葉に、アスランが目を見開き、そしてにやりと笑んだのがわかる。
それも昨晩話していたことだ。今は同性同士の付き合いなんて珍しいことでも何でもなくて、タレントでも普通に、当たり前のようにカメラに向かって話をしているような時代なのだ。それなのに、こんな否定的な内容でどうなのか。番組自体が『タブー=いけないこと』という表現をしてしまっている以上、仕方のないことなのかもしれない。けれど……。
自分たちの個人的な感情が混ざってしまっているような気がして、その話は結論が出なかった。でもやっぱり、これを『いけないこと』にしてしまいたくない。
誰かを『不幸せ』にしてしまうかもしれない脚本を、そのまま受け入れることはできないから。
「それに、途中の絡みが多すぎるので……それが気になります。ラストのシーンだけで充分だと思うのに、わざと話の間に組み込んでいるようにしか見えなくて……」
これは誰かの要望ですか。口をついて出そうになったその問いは、なんとか喉元あたりで止めておいた。
アスランが視線を合わせてくる。キラが、ね、と同意を求めると、彼は少しだけ首を竦めて自分の分の脚本も前へと滑らせる。
「俺も同意見です。……前向きに、とは、俺は言えませんが。以後の脚本次第では、考えさせていただきます」
アスランがそう言うと、それまで黙っていたマネージャーが立ち上がった。
「やっぱり、彼らも私と同じでしたね」
「え……」
どういうことだ、と彼女を仰ぎ見れば、マネージャーはにっこりと笑った。自分の分の脚本をパン、といい音をさせテーブルに置く。そして一礼し、自分たちに立ち上がるよう目配せして。
「キラくんが言ったように、一応、前向きに検討させていただきます。でも、やはり脚本の手直しは必要だと思いますわ。演じるなら、ハッピーなのがいいですもの。ね」
ということで、また出直してきてください。
そう、きれいな笑顔で相手に告げた。
あんな言い方をして大丈夫なのかとひやっとしたが、聞くところによると彼は代理なのだとか。
そして今回の企画は、内容が内容だけに実は密密に進められているもので、視聴者に行った人気投票だって、番組のためとは明かさずに行ったものだそうで。とりあえず、番組関係者が候補として考えてくれていたのも本当だし、投票で1位――同票1位ではなく、二人まとめて名前が挙がったらしいが――というのも本当らしい。だが、自分たちが第一候補ではないのだという。
数組の候補を挙げた後、上から順番に候補を当たり、断られ断られでキラたちのところに話が来たとか。だから断る権利があるのよと彼女は笑って言い、そしてアスランはそんな馬鹿な話があるかと怒っていた。本当ならそんな経緯は知らずに終わるらしいのだが、今回はたまたまマネージャーがどこかからそんな話を聞きつけて、社長にも相談していたそうだ。
社長はどちらかというと乗り気で……マネージャーは何も言わなかったけれど、あの脚本は社長の影響があるのかもしれないなと思ってしまうのは致し方ないことだろう。じゃなければ、誰が自分たちにあそこまでの演技をさせようというのか。
「ま、今日はあんな風に追い払っちゃったけど、スケジュールが空いてるのは本当だし、あなたたちが良ければ、今後の脚本次第で受けていいのよ。絶対ハマると思うし、ファンもなんだかんだ喜ぶと思うしね。……え? ああ、うん、そうねえ……確かに、二人をもっと絡ませたら、って声もあるんだけど……」
どちらも女性ファン限定だからね、どうせならどっちからも人気を得たいじゃない? と彼女は笑って、そして、じゃあねと軽やかに夜の街に消えていった。
「…………デートだってさ」
うきうきと出て行ったマネージャーの背に、ぽつりと呟く。
「なんだよ。うらやましいのか?」
アスランが即座に切り返してくる。
「そうじゃないけど。あんな話の後なのにさ……意識の切り替えが早いなあと」
「それがあの人のいいところ。――……キラ」
「ん?」
呼ばれて振り返る。と同時に通路の影に引き込まれ、壁に押しつけられた。
はっ? と目を見開いたのは一瞬で。
「……ッ」
反射的にぎゅっと目を閉じてしまったキラの唇をちゅっと吸い、何事もなかったかのようにアスランが離れる。
微かに笑う気配。
「な、な、な……っ」
何をするんだこんなところで!
じわじわと頬が赤くなってくるのがわかる。そんなキラとは対照的に、アスランは涼しげな顔だ。
「少し、腹が立ったから」
「何それ……」
うう、と唸り、頬を押さえながらキラがよたよたと歩き出すと、アスランが頭をべしっと叩いてきた。
「痛っ」
何なんだよ、とアスランを睨み上げる。彼は口をへの字に結び、少し拗ねたような表情をしていた。
「俺は嫌だって言ったのに、おまえが受けるようなことを言うから」
「だって……」
「わかってないだろ。俺が嫌だったのは、仕事自体じゃないんだ」
「へ」
キラのきょとんとした顔にため息をつき、アスランは早歩きですたすたと先へいってしまう。
今日のアスランはため息が多い。とかうっかり口に出したら、おまえのせいだろ、とか言われそうなのでやめておくが。
「アスラン」
小走りで追いつき、くいくい、と袖を引く。
足を止め、振り返った彼の腕が、キラの耳に唇を近づけた。内緒話をするように手で口許を隠す。なんだろうと警戒心もなく耳を寄せたら、ふっ、と息を吹きかけられ反射的にぞわぞわと肌が粟立った。更にその唇が耳朶を食んできて。
「~~ッ」
やっと火照りのおさまった頬は再び熱を持って、キラは言葉もなく飛び退った。
キラの反応にくすりと微笑い、だから……と呟いてから、アスランは再び歩き始めた。今度はキラの追いつける速さで。
「だから、俺が嫌だったのは、キラのそーいう顔を他の奴に見せること」
「はっ!?」
そういう顔って!?
ひとつ瞬いて、キラはうわ、と内心頭を抱えた。
思わず両頬を押さえて俯いてしまう。どんな顔になってるか自分ではわからないが、たぶん、いや絶対、アスランを物欲しげに見ているに違いない。完全なる条件反射だ。でも、誰かがいるところでは押し止める自信は、一応あるのだけれど。今は誰もいないから。だから。
キラがぐるぐる考え込んでいる間にもアスランは歩き続け、キラもそれを一歩下がった場所でついていった。最後の自動ドアをくぐり抜けると、駐車場に出る。ポケットからアスランがキーを取り出し、手のひらで弄んでいるのが見える。チャリチャリ、と金属音が響いた。
「演技が出来ないとか嫌だとか、そういうんじゃないんだ。ただ俺が、俺しか見られないはずのキラの顔を、他の奴に見せるのが嫌だった。それだけ」
運転席におさまり落ち着いてから、アスランが静かにそう言った。
小さく笑い、上体を倒すとアスランの腕に額を押し付ける。
アスランがキラを独占したいと思ってくれているのが嬉しい。そんな風に考えてくれているのが嬉しい。
「アスラン。僕、今の君の言葉で、前向きにっていうの訂正しようかな、って思った」
「……それは何より」
キラの顔を見ずにアスランが言う。彼の横顔は少しだけ朱を帯びていて、キラはますます嬉しくなってしまう。情けないくらい、顔がにやけていそうな気がする。
「あー、だめだもう」
ぐりぐりとそのまま額を押し付けて唸ると、アスランが「何が」と返してくる。
「アスランがそういうこと言うから。今、すっごく、くっつきたい気分」
キラの台詞に、彼は驚いたように目を瞠って。それから。
早く帰ろう、という言葉の後に、意味ありげにキラの唇を指先で撫でた。
フォームが使えなかったのでこちらで足跡残しておきます。
もう足を関東に向けて寝られないくらいご無沙汰しております(><)
本当連絡しなくてすみません!!
いよいよ今週末ですね。
がんばってきますです~(^^)
なんか夏コミは本当暑かったようで・・・。
数年前参加したときのことを思い出しましたよ。
昨年はさらっと買ってからとっととネズミーに行っちゃいましたし(あはは)
冬・・・まだ決めてないんですけど、日程が合えば今年こそ参加したいなぁと。(←実は冬はいまだかつて行ったことがないので)
また是非お会いしたいです(^^)
荷物届いたらまた連絡いれますね。
それでは~♪
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