トコトコトコ。
キラが歩くと、その頭上を大きな影がふわふわふわとついて来る。
「……」
ぴたり。足を止めると、その影も止まる。
一歩踏み出せば、またふわりと気配が近づいて。
「……すっごく気になるんだけど」
「何が?」
キラが呟くと、その影から答えが返った。予鈴が鳴る。のたのた歩いていたキラははっと顔を上げ、足を速めた。少しのんびりしすぎてしまったらしい。
「ふわふわ視界に入ってくると気になっちゃうんだってば」
「ああ、俺が? なら降りようか」
ストン。早足で歩くキラの少し先に、白い翼を折りたたんだ一人の青年が降り立った。すらりとした肢体は翼とは対照的な黒い布で覆われていた。光を受けて光っているように見えるのは、キラの目の錯覚だろうか。
「いや、そういう意味じゃなくて――って、ヤバイ、遅刻する!」
思わず立ち止まりそうになってしまったキラを、目の前の壁に取り付けられた時計が脅かすように長針を動かした。
遅刻して目立つのは避けたい。その一心でキラは急ぎ足で教室に飛び込んだ。きょろきょろと見回すと、後ろの方の席でサイが手を振ってくれている。
「久しぶりだなー、キラ! よく来たなー!」
「うわっ」
サイの隣にいたトールが立ち上がり、キラの髪をぐしゃぐしゃと撫で回してくる。
「もう、ほんと、もうしばらく待っても来なかったらおまえんちに乗り込もうかと思ってて」
「はあっ?」
「本当に行きそうだったよ。この間俺がキラを見つけたって言ったら、すぐ行こうさあ行こうって」
「愛だよ、愛! キラに会いたかったの!」
「愛ねぇ? あ、ミリアリアに言ってやろう」
「うっわ、アーガイルくんてばそういうことするんだ? サイテー」
いつも以上に明るい彼らに笑って、席に着く。ありがとうと告げると、二人も笑顔を向けてくれた。
しばらくぶりの講義は全然内容がわからなかった。これは駄目だと、隣にいたサイの今までのノートを写すことに集中していると。
「……よかったな」
横――サイたちとは反対側だ――から、不意に声がかかる。
ちらりと隣を窺うと、そこには先ほどの青年が当たり前のように座っていて。そして微笑みながらキラを見ていた。
「キラには、大切なものがたくさんある」
カリカリ……。彼の言葉を聴きながら、ペンを動かす。
「キラを必要としてくれる人がいる」
コトン。思わず、キラはペンを置いた。
今度はしっかりと、隣を見る。頬杖をついて、生徒の一人のようにそこに存在している彼。
口を開きかけて、今が講義中なのだと思い出し、首を軽く横に振ると再び前を向く。
(違うよ)
心の中でそう答え返した。キラを必要としてくれる……いてほしいと思う人は確かにいるだろう。でも、彼らは皆キラより大事な人がいる。家族がいる。恋人がいる。
キラがほしいのは、彼らが持っている『大事な人』。キラを誰よりも必要としてくれる人。キラが生きる、その導になってくれる人。
(どうしたら、わかってもらえるかな)
ぼんやりと考える。隣にいる彼は、どうしたら『キラだけのアスラン』になってくれるだろう。
(天使だって悪魔だって死神だって……なんでもいいんだ)
本当に、自分でもよくわからない。彼を、どうしてここまで欲しいと思うのか。死にそうだった自分を助けてくれた人だから? あの時彼は、キラの心の奥深くに抜けない楔を打ち込んだのだ。
「どうかしたか? キラ?」
困惑したような彼の言葉に、キラはもう一度ちらりと彼を――アスランを見た。
キラの態度に戸惑っているのだ。眉を下げてこちらを覗き込んでくる彼は、どこから見ても普通の『人』なのに。
「もう……仕方ないなぁ……」
答えられないんだってば。
溜息と共に呟くと、サイが何だとこちらを見る。それになんでもないと答え返して、キラは目の前にあるアスランの頭を軽く撫でた。
こうして触れられるのに、声も聞こえるのに、それがキラだけなんて、本当に不思議でならない。
でもそれは、キラだけが特別だということの証だった。
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突発天使アス+人間キラ。アスランはデスノのリュークみたいなのを想像してください。リンゴは齧らないですが。むしろ齧るなら桃かな(笑)
急に書きたくなったので書き逃げ。
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