空港には、その日も多くの人が犇めき合っていた。
いつもとは少し違うタイトな黒い服に身を包んだアスランが、ちらりと腕の時計を見る。キラもぼんやりとめぐらせていた視線を、空港の大時計に向けた。
長い針と短い針が交差する。このご時勢にはめずらしい、アナログな時計だ。
「そろそろ?」
キラが呟くと、アスランがそうだなと頷いた。
ソファから立ち上がり、キラもアスランと同じほうを見る。ターミナルに人波が押し寄せ、まばゆい光が幾つも見えた。
「有名人だね……」
「今回は、な」
アスランが溜息と共にそう言い、つかつかと歩き出した。キラはそのまま、その場所で彼の行動を見守ることにする。
戦いが終わり、プラント最高評議会からの要請を保留にしたまま、ラクスがオーブに来てどれくらいの月日が経ったのだろう。それほど長い時間ではなかった。戦いのない世界で、優しく微笑む彼女を見ているのは、キラにとって大きな救いだった。
それを今――アスランが向かった先の人物が、キラの元から連れ去ろうとしている。
「……なんて、ね」
彼女を引き止める権利も、彼を責める権利も、キラにはないのだ。彼女ではなくアスランを選んでしまった時点で、そんなことはわかっていた。
決めるのは彼女で、そして彼女がそれをやり通すサポートをしてやれるのは、今は彼しかいない。
だから、彼にしてみれば、キラにこんな風に思われるのは納得がいかないだろうと思う。
アスランが人波を掻き分け、何かを言いながら中へと進んでいく。途端にできる隙間に、やっと彼らの姿が見えた。いつものようにザフトの軍服を纏い、背筋を伸ばした姿。
変わらないな、と思う。
彼はいつでも、まっすぐだ。
「……あ、気付いたかな」
ディアッカが片手を上げてきた。その隣のシホが頭を下げる。組み合わせていた腕をほどくとキラも手をあげ、軽く挨拶を交わす。記者たちがキラに気付いてその対象をこちらへと移して来た。
(そういえば……一応、カガリの代役なんだっけ)
「ディアッカ久しぶり」
「元気そうだなキラ」
「うん、そっちは相変わらず……みたいだね」
「ああ。今回のコレが済めば、少し変わるかもしれないけどな」
ディアッカといくつか言葉を交わし、アスランと話をしている彼を見る。
「イザーク」
呼びかけると、彼はふっと口端を吊り上げた。
「久しぶりだな。ヤマト准将殿」
「ええ。お変わりないようでなによりです。……ジュール隊長」
お互いににっこりと笑みを浮かべ、記者サービスの握手をする。それが終わり記者たちの興味の対象が自分たちから離れると、キラはぷっと吹き出した。イザークも首をぐるりと回し、肩の力を抜く。
おかしな役回りだ。本当に。
「今回は少し滞在できるの?」
「前回よりはな。色々準備もあるし……おまえらと話もしなければならん」
「話?」
キラが眉をひそめると、イザークはちらりと視線を流してきた。
「ラクスのこと、納得していないんだろう、貴様は」
「……そんなことないよ。わかっていたことだ。最初から」
「それだけじゃない。アスランのことも、シン・アスカのこともある」
キラはふとイザークを見つめた。
「まさか彼らも?」
「……睨むな」
「だって」
「連れて行くわけじゃない。ただ、可能性を提示してやるだけだ」
イザークはキラを見て少し困ったように笑っていた。彼にしては珍しい表情。
きっとアスランが見たら、驚いて固まってしまうに違いない。
「色々あって――俺も考えた」
「何を」
アスランに促され、その場所から車へと場所を移す。キラの問いに彼は答えず、黒塗りの車に乗り込んでから、キラの方にひとつのケースを投げて寄越した。小さな……手のひらにおさまってしまうほどの物だ。何だと視線を返せば、そこにはいつもの不遜な笑み。
「プレゼントだ」
「なにこれ」
「見ればわかる。あとで見ろ」
手のひらでそれを弄んで、ポケットにしまう。一体何なのだか、やたらと言葉の足りない彼に口を引き結ぶと、隣に座っていたアスランがキラの方に身を寄せてきた。
「?」
耳元に唇を寄せられて、アスランからキラにしか聞こえない囁きが落とされる。
(ああ、それで……)
思わず、キラは口許を覆って笑っていた。
……彼は随分、上層部と衝突したらしい。アスランの処遇、シンの処遇、ルナマリアやメイリンの処遇……そして、キラに関する事項の情報工作。
その中でも、ラクスに関することはこれ以上ないほど時間を費やしたらしい。自分が彼女の傍につき、彼女を補佐できる立場になれるように。
そうすれば。たとえ、キラが部外者でも。
「評議会へのLINEPASS、か……ありがとうイザーク」
キラの呟きに、彼は顔を向けてはくれなかった。外を眺めるアイスブルーの双眸。だがその口許は、微かに綻んで見える。
ラクスをよろしくね。
そう続けて呟くと、やはり視線は外に向けたまま。
「言われなくてもそうする。俺たちが守る。心配は要らない」
「……うん、そうだね」
ディアッカがそんなイザークの様子にこっそりと笑う。アスランも少し肩を震わせていて、……実はキラも少し込み上げてくるものがあった。うっかりすると噴き出してしまいそうだ。
素直じゃないというかなんと言うか。
彼がその周りの状態に気付くのは、それからかなり経ってから。キラはそれまで、緩んでしまう頬を宥めつつ、ポケットの中のケースを探っていた。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
『完全喪失』・『月降雪』の設定らしいです。
@sakura_pm からのツイート