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咲良の徒然気まま日記。 ゲームやらアニメやら漫画やらの感想考察などをつらつらと。 しばらくは、更新のお知らせなどもここで。

2024'05.19.Sun
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2009'06.19.Fri
がんがんSSをあげてすみません(笑)…ログを流したいんだよ…(こそり)
数日、PCを触れない環境に行くので置き土産です。
これは、いつかちゃんとぜんぶ書きたいと思っている吸血鬼ネタ…。大元は吸血鬼アンソロにお呼ばれしたところから始まっているのですが、そのあとペーパーなどでちまちま書いていたのを合わせるとこんな感じになります。
そんなわけで中途半端です。


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-----------

Prologue

 ……なんとなく、雨は苦手だ。
 窓の外で降り続ける雨をなんとはなしに見遣り、キラは溜息をついた。
 買い物に行けなくてつまらないとか、洗濯物が乾かないとか、夕方の散歩に行けないとか、理由はいくつもあるけれど――一番大きな理由は、そんな簡単なことじゃない。
 古い古い記憶が、キラを苦しめる。ヒトであることをやめたあの日。冷たくなっていく身体を休めていたあの時間。
目覚めるその時まで、外界ではずっと雨は降り続けていた。
キラの決意を嘆くようだ、と呟いた彼の言葉が、ひどく寂しそうだったからかもしれない。
その時からずっと、雨が降るとキラの身体は微かな痛みを訴えてくるようになった。どこもおかしくなんかないのに、気だるくなって動くのも億劫になる。
だから。雨が降ると、彼はいつも以上に優しくなる。
イザーク曰く、『最大限の甘やかし』を、キラに与えてくれるのだ。
「……なに?」
ソファに転がってクッションに懐いていたキラの髪を梳きながら、視線を感じたのか彼が――アスランが首を傾げた。
「また笑われるかなぁって思って」
いつの間にか共に過ごすようになった仲間たちの顔を思い浮かべて、キラは薄く微笑んだ。
主語の抜けたキラの台詞に、その内容を汲み取ってアスランが笑う。
「そうだな。でもいい加減、慣れたと思うけど?」
「わかってるから、逆にからかいに来るんだ……ディアッカが」
雨が降ると部屋から出てこないキラとアスランに、彼らはいちいち干渉などしないのだが。時々、アスランがちょっと離れた隙を狙って彼らはやってくる。気配でアスランにもわかっているはずだった。
「おやつくらい食いに出て来いって……。今日は行こうかなぁ」
「キラが大丈夫なら、気分転換になるよ」
ニコルが昨日新しい茶葉を仕入れてきていた、とアスランは微笑う。
「少しずつ……慣れていけたらいいな、とは思うんだ」
「ああ」
もう長い間、同じことを繰り返してきた。アスランと一緒にいたいと願って選んだ道だから、後悔はしていなかった。
でも、この症状が変化期の自分が形成したものだと――一種の思い込みなのだと知っているから。
「変わりたい」
それを克服できたら、と。
「もうすぐ3時になるよ。行くか?」
「うん」
克服してしまったら、アスランと一緒にいる時間が減ってしまうような気がして。そんな風に一瞬でも考えてしまったことを、キラは隠し通しておきたかった。
ずっとこうして、側にいて、と。
そんな願いを。



「……キラ」
微かに雨の音がする。優しく、あの頃のように髪を梳く指先は――彼のものではない。
「………強くなりたい」
呟いた声に、髪を撫でる手のひらが増える。
克服する前に、雨はキラの大事な人を連れ去って、そして二度と返してはくれなかった。
悲しみに暮れて、こうして潰れているだけなんて我慢できない。強くなりたい。もっともっと、強く。
「なら、動け。立ち止まるな。振り返るな。……あいつは、きっとお前を待ってる」
落とされた言葉に、うん、と頷いて。
記憶の中の大切な彼を思い浮かべて。最後だから、と小さく呟くと、キラは静かに涙を流した。





    1


 視界を横切った姿に、見覚えがあった。
 ざわめく街のメインストリート。休日だからか人の往来は激しく、ほんの一瞬見えたそんなものを気に留めることなど――おそらく普通の人間ではできなかっただろう。
 それほど些細で僅かな、その邂逅。
「……アスラン?」
 だが、キラにとってはとても大きな出来事だった。
 ずっとずっと探していた幼馴染。もう再び出会うことなど出来ないのではないかと、半ば諦めていた。
 いくつもの街をさ迷い、キラを保護してくれている彼らに何度迷惑をかけたことか。
「アスラン……ッ」
 人ごみに流され消えてしまいそうなその背中。
 見間違いなんかじゃない、そう思ったら身体は勝手に流れに逆らって動き出していた。




「一体どこまで買い物に行ったんだ、あいつらは」
 窓枠に凭れかかり街の景色を見ていたイザークは、ふと口を開いた。
 窓からは少し離れた場所にダイニングテーブルがあり、そこには焼けたばかりのスコーンが山のように積まれていた。焼きすぎだろう、とイザークが眉を顰めると、ジャムの味見をしながらキッチンからやってきた褐色の肌を持つ彼は、小さく首を竦めた。
「キラが好きだろ。こういうの」
「……まあ、な」
 人間が口にする食べ物を摂らなくても、自分たちは死ぬことなどない。
 一定期間を置いて乾くのは喉だけで、それも今では、直接流し込まなくても欲求を満たす方法がある。それなのにこうして普通の人間のように口から食事を摂りたがるのは、彼がまだ諦めていないからだろう。
 普通の――人間であることを。
「に、しても。遅いよな」
 ジャムをスプーンに掬い、イザークの目の前に差し出しながら、ディアッカはそう呟き落とした。
「…………」
 僅かに目を細め、イザークはその何かを連想させる赤いジャムを舌で舐めとった。ふわりと広がる花の香り。上出来だ、とイザークにしては珍しく素直に返った褒め言葉を受け、ディアッカは小さく笑った。
「で。ニコルが一緒に行ったんだよな?」
 確認するようにイザークに問いを投げかけ、ディアッカはテーブルへとそのジャムをセッティングして、ガタンとその椅子を引く。行儀悪く背もたれを前にして座るディアッカを一瞥し、イザークはひとつ息をついた。
「の、はずだ」
 だが、と視線を合わせてふたり同じように眉を寄せる。
 曇りを選んで町へ出るたびに、キラが探している人物。そして少しでもその片鱗を窺わせる人物が現れた時に見せる、キラの突発的な行動。そのふたつを知っているだけに、同行者がたとえいたとしても安心はできなかった。
「また勝手なことしてなきゃいいけどなぁ」
 ディアッカがテーブルから焼きたてのスコーンを取り、ジャムをたっぷりつけて口に放り込む。食べながらの台詞に少し嫌な顔をして見せ、イザークは気配を探るように目を閉じた。


    * * *


 ――寒い日の夜だった。
 熱さも寒さもあまり感じない自分たちには四季はあまり関係のないことだったが、その折々に見せる自然の変化がキラは大好きだった。
 その日も、降った雪にはしゃいだキラがニコルを巻き込んで雪だるまを作っているのを、三人は窓越しに見ていた。
 キラとイザークとディアッカとニコルと――そして、アスランと。
 5人は常に一緒に行動していた。仲は良くも悪くもない。いつから一緒に行動しているのか、もうわからないほど昔の話だ。移りゆく時代の流れに逆らうように、彼らは年をとらなかった。いつまでもそのまま……少年のままの姿を保っていた。
「西の噂は聞いたか」
 不意に口を開いたイザークを、アスランが見返る。
 ディアッカはポットから注いだ紅茶を二人に差し出して、ソファへと身を投げ出すと、イザークと同じようにアスランを見つめた。
「……吸血鬼狩り?」
「そうだ」
 アスランが抑揚もなく答えたそれに、イザークは鋭い肯定を返す。自分たちにとってはそのままにしておけない事柄なのだが、アスランは至って冷静だった。
「聞いてはいるけれど……」
 ディアッカに礼を言ってアスランは紅茶を口に含む。冷えた身体に流し込まれるその温かさは、今でも正常に機能している胃の中に落ちてゆく。飲まず食わずを何日続けようと内蔵の機能は衰えることはなく、たまに使用してやると人間だった頃の記憶が蘇るのか喜んで働いている。
「気にするほどの事じゃないだろう」
 ため息とともに吐き出したアスランの台詞に、僅かにイザークの眉が吊り上がったようだった。
「身の危険とか感じないわけ? おまえ」
 ディアッカも紅茶をすすりながら少しばかり呆れたような視線をアスランへと返す。
 二人に首を竦めて見せると、アスランは小さく、そうだな、と肯定とも否定とも取れそうな曖昧な言葉を発した。
 吸血鬼狩り、などと言ってしまうから大袈裟に聞こえてしまうのだ。
 何故か今になって『吸血鬼』というものの存在を信じる人が多くなった。西の街で突然人が消えたり、昔行方不明になった人がその頃と変わらぬ背格好で現れたり、……通りすがりで首筋にふたつの牙痕をつけられた、という事件が多発していたり。
 最初のふたつはともかく、最後のひとつは自分たちにしてみれば冗談じゃないと言いたくなるものだった。
 人々が古来から持っている吸血鬼のイメージは、血を吸う、陽に弱い、十字架とにんにくが苦手……そういったものだ。
 もしかしたら最初はそうだったかもしれない。それがどんどん変化して、今の自分たちのような、『ヒト』に近いものになったのかもしれない。が。
「そもそもの認識が間違っている人たちに、俺たちが消せるわけがないだろう」
 そう――アスランたちは、人々が『吸血鬼』と呼ぶそのものなのだ。
「そりゃさ。俺たちは日中ガンガン出歩くし? お望みとあらばニンニク料理も作っちゃうし食べちゃうし? 十字架だって平気っちゃあ平気だけど」
「…………」
 何かを言いたそうにイザークが口を開き、だが彼にしては珍しくそのまま閉じてしまった。気づきはしたがそれを追及せず、アスランは微かに笑ってみせる。
「俺たちはなにもしていない。……だから、いいじゃないか」
 アスランの言葉にディアッカはそうかなあとまだ疑問を口にしていた。
 イザークは眉根を寄せたまま何かを考えているようだった。彼らしくない、アスランはそう思ったが。
「あー、楽しかった!」
「キラ……はしゃぎすぎですよ……」
 上機嫌で戻ってきたキラと、僅かにぐったりしているニコルの帰宅で、その話はそこで打ち切られていた。



 アスランは夜中になると本を読んでいる。素肌を隠すようにシーツを引き上げ、キラはそんな彼をいつものように眺めていた。
 血を吸う代わりに交えるのは互いの気だ。もちろん血液を口にするのが『食事』という意味では――身体維持や体調管理などの点に置いて――一番いいのだが、キラはまだその行為に慣れていなかった。アスランもそれに合わせてくれているのか、キラの首筋に唇を触れても歯を立ててくることはほとんどない。
 キラがこの身体になってから、もう数えきれないほどの年月が経った。緑ばかりだったキラの生まれ育った地は住宅地になり、人間であった頃知り合った人物は皆天寿を全うしていた。
 それだけの年月が経っても、キラはまだヒトであった頃のことを忘れられない。だから必要のない食事を口から摂り、昼に活動し、夜は眠る。本来夜型であるヴァンパイアの特性に逆らおうとするその行動。それに加えて、キラは血を口にするのを躊躇った。飲めば渇きも癒され身体能力も増す。わかっている――わかっているのだが。
 自らすすんでアスランと同じ吸血鬼になったというのに、その存在を否定するように今も人間であろうとするキラを、彼は責めたりしなかった。当然だよと笑ってくれた。
 キラは彼の優しさに甘えているのだ。気を受け渡して、本来なら吸血行為で得られるはずの快楽を違う方法で互いに感じて。
 だが、生きていくうえで必要でも重要な行為でもないそれは、キラにとっては大事なものだった。好きだと言葉にしてしまうと、そんな想いは簡単に砕け散ってしまいそうで、キラもアスランも滅多に唇に乗せたりはしなかったけれども――何も言わなくても通じていた、から。
 無防備にほんのページを捲るアスランに近づくと、キラはその首筋に唇を押し当てた。一瞬ぴくっと反応したアスランが、視線をキラへと向ける。
「キラ?」
 まだ足りないのか、とでも言いたげな眼差しにキラはぷるぷると首を振る。
「……待って」
 そのまま吸い付いて、小さく鬱血を残すとキラは離れた。ついついアスランの気も吸い取ってしまったけれど、それは首筋に触れたときの条件反射だから仕方がない。
「珍しいな」
「所有の証。ちゃんと明日まで残しておいてよ。……キミはずいぶんモテるみたいだから」
 キラの言葉に驚いたように目を見開き、アスランはくすくすと笑い出していた。
「キラ、やきもち?」
「アスランが誰彼構わず優しくするからだろっ」
 少し拗ね気味に言い切って、キラは再び先ほどと同じくらいの距離をとるとベッドへと寝転んだ。その身体を引き寄せたアスランは――まだ笑っていた。
「明日の礼拝堂のこと?」
「知らない」
「キーラ」
 甘さを含んだ声音がキラの耳元を擽る。
 明日、彼は街の中心部にある礼拝堂の聖誕祭の手伝いをすることになっていた。
 わざとその場所を選んで、何度も足を運んでは礼拝堂の人たちと仲良くしているのは知っていたが、わざとだとわかっていても、シスターたちに囲まれて笑っているアスランを見るのは、気分のいいものじゃない。
「僕、行かないけど、いいよね」
「わかってる」
 苦笑しながら、アスランはふと窓をみつめた。キラも倣って窓の方を見遣って……そこにあたる水の粒を見つけると、嫌そうに眉をひそめた。
「……雨?」
「みたいだな」
「明日も雨かなぁ」
 沈んだ面持ちでキラが顔を伏せると、アスランは髪を優しく撫でてくれる。
「明日……なるべく早く返ってくるから」
 雨が降ると、キラの身体は僅かにだが機能が鈍る。アスランが言うには、キラの変化期――この、吸血鬼という不老不死に近い身体を手に入れるための休息時間――に、外界では雨が降り続いていて。キラが目覚める時間になっても止まず、キラが目を覚ました後も空は大地へと涙を流し続けていた。キラが変化を望んだことを、空が嘆いているのだと。あの時アスランはそう、寂しそうに微笑っていて。
「うん……」
 そんな彼の言葉が、表情が、今になってもキラの胸を締め付ける。
 雨が降ったときにキラが不調を訴えるのは、アスランを繋ぎ止めておきたいからなのかもしれない。キラが誰のために、誰と一緒にいたくてこの身体を望んだのか。彼がそれを忘れないように。
「キラ。今日はまだ平気?」
「ん……? うん?」
 雨が降っていると、キラがだるいとか頭が痛いとか訴えるからだろうか。
 僅かに首を傾げつつ、大丈夫だと答え返すと。
「……っ、わ、……ッ」
 くるまっていたシーツを剥ぎ取られて、アスランが晒された肌に唇を寄せた。
「え、ちょ……まだ足りないの……っ?」
「キラが可愛いことしてくれたから、足りなくなった」
「なにそれ」
 繰り返されるキスが心地よい。合わされる肌も、身体をなぞる指先も、唇も、目の前で揺れる髪も。キラの想いは彼のすべてに注がれている。
「アスラン……」
 名前を呼んで、藍色の髪の毛を指に絡めて引く。顔を上げた彼に、唇へのキスを強請って――そして、首筋の熱い部分にも、舌を這わせた。


    * * *


「……あの時……無理矢理にでも俺がついて行けばよかったんだ」
 再び目を開け、窓の外を見ながら、イザークがぽつりと呟く。
 ディアッカは無言のまま視線だけを投げたが、口元を少し引き上げると、首を横に振った。
「ついてって、それでおまえまで消えてたら? 俺何するかわからないぜ?」
 声音はやわらかく。だが本気を浮かべた台詞に、イザークは苦笑いを零す。
 あの日。いつものように他愛のない会話をして、いつものようにイザークとアスランとでくだらない理由で言い合いをして。そして彼を礼拝堂へと送り出した。
 ――それが最後になるなどと、誰も思わずに。
 雨の中、火事になった礼拝堂。
 騒ぎに気付いて駆けつけた時には、あたりはすでに火の海だった。
 火くらいでくたばるはずのない彼の姿がどこを捜しても見つけられないことに、4人とも焦りを感じていた。
 礼拝堂から発見された遺体はひとつもなかったという。うまく逃げ出したシスターたちに聞いても、アスランの消息はつかめず――塵となって消えてしまい跡形もなくなってしまう自分たちの最期を知っているだけに、不安が拭えずにいた。
 降りしきる雨。
 蒼い顔で、雨にうたれたままじっと焼け跡を見つめるキラに、誰も声をかけられないでいた。
「奴は、……」
 その先を紡げずにイザークの口が閉じられる。
「実際は……どうなんだろうな」
 繋げるように発されたディアッカの言葉は、二人に重く圧し掛かった。
 キラはあの時、震える唇をやっとのことで動かして、アスランは攫われたんだ、と言った。根拠は何もない。あるとすれば、それはキラとアスラン、二人の繋がりのみ。
 誰よりもアスランの気配を知っているキラが、微かに感じた希望のみ、だ。
 真実はいまだに、わからない。
「もう、10年だ」
 あの事件から、気付けば10年の月日が経っていた。人間にしてみれば長い時間でも、永久を生きる自分たちにとってはそう長い時間でもない。だが、捜し人のいる今は、その年月が長く感じるようになっている。
 相槌を打とうとしたディアッカが、ふと天井を見上げる。同時に何かを感じたイザークも、眉をひそめ感覚を研ぎ澄ませた。
「……これは、ニコル、か?」
「だな」
 酷く慌しい――……混乱している、気配。
「あーあ。やっぱり」
「………………キラ、か」
 きっとまた、キラがアスランに似た人物を見つけて、それが本物かどうか確かめもせずに勝手な行動を取ったのだろう。
 アスランはまだ存在している。キラがそう信じている限り、これは日常だ。
 いや――信じているのはキラだけではない。だからキラの行動を責められず、止められず。それだけではあきたらず、こっそりと裏で手助けしてやっている自分たちがいるのだ。
 ふうっ、と溜息を吐き出して、イザークが窓枠から離れるとディアッカを見返った。
「行くぞディアッカ」
 感覚を研ぎ澄ませば、平静を失っているキラを捕まえることなど、落ち着いている自分たちには容易いことだ。
「あいよ」
 ひょい、とスコーンをもうひとつ口に放り込むと、心得たようにディアッカがイザークの肩に手を置いて。
 そのまま――一瞬後には、二人の気配はその場から消え去っていた。



 ダン、と壁を殴った。
「間違いなかった……ッ」
 悔しさに歯を噛み締める。
 今度こそ間違いなくアスランだった。後ろ姿や横顔だけじゃない、正面から確認して、声も――。
「アスラン……」
 あの時の、優しい彼のままの声、だった。
 アスランが消えたあの日からこっそりと調べていたのは『西の吸血鬼狩り』の真相。吸血鬼と思われる人物を処刑するのではなく、吸血鬼と思われる人物を拘束することが目的のようだと……そんな可能性を見出したのはつい最近。
 あの時、地域が違うからと軽視していたのは、アスランだけではなくキラもで。イザークやディアッカやニコルが、不信感を持ち警戒を促していたのにと悔やんだ。
 炎の中、彼がその身を焼かれ塵と化してなければ――いや、そんなことは絶対にないとキラが信じているから、アスランはきっと何者かに拘束されているに違いない。
 そして、もし、今キラが見た人物がアスランその人だとしたら。
「……何かある」
 呟いた瞬間、背後に重い気配が降り立った。
「何がだ、馬鹿者が!」
 はっと振り返り、引きつった笑いを浮かべる。どうやらまた、自分は彼らに迷惑をかけてしまったらしい。
「イザーク……ディアッカ……」
「ったく、何度言ったらわかるんだ!? 勝手に行動するなといっているだろう!」
「……ごめん……」
 小さくなって謝りながら、ちらりと彼らの顔を見ると、その表情は非常に複雑なものだった。怒りを顕にしていないのが不思議で、あれ、と間の抜けた声を出すと、二人の後ろから若草色の髪を振り乱してニコルが走ってきて。
「……キ、ラ……っ!」
「ご、ごめん……っ」
 咄嗟に謝ると、ニコルまでもが複雑そうな表情をしている。
「アスラン、だったよ。今度こそ、間違いない」
 キラが呟くと、ニコルが優しく笑った。キラ、と名前を呼ばれて、ぎゅっと抱き締められる。
「あの気配……何か、抑制されてるみたいに感じたけど、でも」
「ええ」
「何かあるんだ。助けて、あげなくちゃ」
 一緒に居た長身の人物には見覚えがあった。きっとそこから何かわかるに違いない。
 何も言わなかったが、イザークとディアッカもニコルと同じようにキラに微笑みかけて、頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
 アスランの気配を――彼らも感じたのだろうか。
「……今は、退くぞ」
「うん。わかってる」
「おいしいスコーン焼いてあるからな」
「うん、ありがとう」
 頷いて、キラも笑顔を見せた。
 今は何もできないけれど、必ずアスランを取り戻してみせる。
「…………」
(――待ってて)
 思念だけ飛ばして、瞬きをひとつ。
(――必ず)
 あの碧の瞳を思い出して、キラは空を見上げる。
 4人の影は、すぅっと空気に溶け込むように、消えた。




   2


 吸血鬼と呼ばれるその存在に付き纏うイメージや伝承は古くから変わらず、そして時が経つにつれて真実とかけ離れていっている。世の中の人間が思い描く吸血鬼と、キラやアスランの生態とはまったく違うのだ。
 わざとなのかもしれないな、とキラは思う。本当のことを伝承として残してしまったら、吸血鬼たちはあっという間に死滅してしまうだろう。そうならずに済んでいるのは、人々が信じているその伝承が嘘ばかりだからなのだ。
 キラは太陽の光が好きだった。確かに長い間陽に当たっているとくらりと目が回り貧血のような状態になることはあるが、ただそれだけだ。朝日で灰になるとか良く聞くけれど、キラは仲間のそんな最期を見たことも聞かされたこともない。キラが知る吸血鬼一族の情報はとても少なかったが、何故か同属の――同じ吸血鬼の最期の報は毎回耳に入っていた。彼らが意図的にそうしたのか、それとも一族の掟のようなものなのか、それはわからない。キラは一族の中でも末端の方にあり、アスランやイザークを介してでしか情報を得られない。だが己の限界を、決して不死ではないのだと知ることは重要だった。
 苦手なもの、吸血鬼の最期を決めるもの、それは。
 限りなく、繰り返し、命の断絶を行う処置と……形ばかりの命の塊にも見えるその心臓を、再生不可能な状態にすること。しかしそれを行えるのは、穢れなき聖職者か、もしくは同属の――。
「……吸血鬼が、捕らえられるなんて、」
 ずっと考えてきたことを口に出すと、キラはぎゅっと目を閉じた。
 吸血鬼は丈夫にできている。普通の人間に比べたら傷の治りも早く体力もある。瞬発力や跳躍力、格闘技術も半端ではない。何より、銃で一度や二度撃たれた程度では、死ねない。
 痛みは感じる。撃たれれば痛いし、血も出る。吸血鬼の血は真っ赤でまるで真紅の薔薇のような色をしている。心臓が動いているわけでもないので静脈も動脈も関係なくただ体内を巡っているそれは、脳から発せられる命令に応じて体温を上昇させ時には鼓動を再現し、ただのヒトとしての生活を可能にする。
 吸血鬼は、普通の人間に捕らえられるような存在じゃない。ならば考えられるのは、アスランを捕らえようとした人物が彼と同じ能力を持つ吸血鬼だったか――もし相手が人間だとしたら、吸血鬼の能力を抑制する『何か』を開発した人物がいるのか、のどちらかではないのか。
「ヤツ自身の自我が封じ込められている可能性も否定できない」
「そうですね。キラの話を聞く限りでは、以前のアスランとは違う感じがします」
「あいつがキラの気配に反応しないワケがないもんな」
 ……窓の外では、大粒の雨が地に向かって落ちていた。
 ソファにうつ伏せに寝転び、抱きしめたクッションに顔を埋めているキラの横で、彼らは各々好きなことをしながら話をしていた。すぐ隣に座っているニコルは時々思い出したようにキラの髪を撫でてくれている。いつもは、アスランがしてくれていたその仕草。そう考えると心の内側を、何かでぎゅっと締め付けられたような気分になる。
 キラがアスランを見た日から一週間が経った。キラが見た、アスランと共にいた金髪碧眼の男が一体誰なのか、まだ思い出すことができない。見たことがあるのは確かだ。しかしそれが生身で対面したのか、テレビや雑誌などを通してなのか、いつどこでの記憶なのか……。
「キラが似顔絵得意だったらちょちょいっとわかるのになー」
 ディアッカの声にキラは少しだけ笑う。
「残念ながら絵心はない、な」
「ま、そうだよな。絵が描けるからって似顔絵が上手なわけでもないし」
 ふと、ニコルが顔を上げた。手元の本をぱたりと閉じて、イザークとディアッカの方へ視線を向ける。
「写真を、探してみますか?」
「写真?」
「ええ。特徴はわかっているわけですから。……警察のデータベースなら、顔写真と経歴が調べられる」
「ハッキングを?」
「キラならできます」
 眉をひそめたイザークに、ニコルは強く言い切った。
「そりゃできるだろうけど、途方もない数になるぜそれ」
「僕たちだけでやろうとするからです。アスランが本当に捕獲されているのだとしたら、これは僕たちだけの問題じゃない」
 でしょう? ニコルの問いがイザークに投げられた。
 人類最初の吸血鬼が誰かなんて知らない。そんな人物が今も実在するのかもわからない。だが吸血鬼の中にもランクや格があるのは確かなことで、直接聞いたことはなかったがアスランやイザークは吸血鬼たちをとりまとめている人物に近い位置にいるのだろうと知っていた。
 しかし、彼らはその話をしたがらない。何か理由あってのことだとキラにだってわかる。だから余計な詮索はしなかったし彼らの過去を聞こうともしなかった。ニコルやディアッカがいつから一緒にいるのかも知らなかった。この中ではキラが一番吸血鬼になって日が浅い。
「そう、だな」
 溜息のように落とされたイザークの声に、キラははっと目を上げた。
「いつまでも逃げていられることじゃないのは確かだがな」
「逃げて……?」
 キラが呟くと、イザークはふっと口許を歪めて苦笑した。
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