2009'06.11.Thu
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愛情か友情か?
そんな馬鹿げた問いを頭に浮かべ、スザクは椅子にかけておいたマントを取ると肩にかけた。
馬鹿げているだろう。
もう一度、確かめるように、己に言い聞かせるように心の中で呟くと、すうっと息を吸い込む。
(お前は誰だ)
旧日本、エリア11最期の首相枢木ゲンブが嫡子、枢木スザク。名誉ブリタニア人、皇帝直属の騎士、ナイト・オブ・ラウンズ。
(何故、ここにいる)
祖国を取り戻すため。衛星エリアとはいえ、お世辞にも落ち着いているとは言い難いかの地に、己の手で安寧を。
(ここで、何を為す)
ナイト・オブ・ラウンズとして武勲を上げ、ナイト・オブ・ワンに。
(そのためには、何が必要だ)
術と力、そして圧倒的な破壊。自分の手が血に塗れていけばいくほど、目的に近くなる。
(得るものは)
地位と権利。
(失ったものは)
「…………」
閉じていた瞼を上げ、自室の扉を開ける。マントを翻し進む通路には自分ひとりだけの足音が響いた。
失ったものは矜持とでも言うべきか。日本人としての自分を捨て、敵国であるブリタニアに膝をつき頭を垂れ、同胞をその手にかけてまで手に入れた地位。
現在の自分に向けられる様々な視線を知っている。白き死神に向けられる畏れ、ナイト・オブ・セブンに向けられる妬視、枢木スザクに向けられる憎悪。
そんなものは取るに足らなかった。ナイト・オブ・ラウンズになったときから覚悟していた――いや、その言い方は少し違う。覚悟などというきれいな言葉で表せるものではない。人々の蔑みや怨恨など意に介さなかった。
関係ない。周りがどう思おうと、どう罵ろうと知ったことではない。
(俺は、前に進むことしか知らない)
心を揺さぶられる必要はない。ただ、目的に向かって、進むだけ。
(だから)
視線の先に、緑色のマントと金色の髪が見えた。隣にはピンク色の髪をした小柄な少女が相変わらず携帯を弄っている。
ナイト・オブ・ラウンズの集まる作戦指令室。今日のブリーフィングは、目の前の二人と自分の三人で行う作戦のためだ。
知らず足が重くなるのを感じ、スザクは一度歩みを止めた。
彼らはまだスザクの存在に気付いていないだろう。スザクがどんな視線で彼らを見ているかなんて知りもしないだろう。
声は聞こえない。何を話しているのかなど、わからない。
ただ、見えるだけだ。
彼の姿が。
ジノが嬉しそうに笑って身をかがめる。その頭に、呆れたような表情の彼が手を伸ばす。
甘やかすように撫でるその仕草、ジノの言葉に笑ったり怒ったりと表情を変える、その人。
スザクが失ってしまった、彼、の。
「……っ」
唇を噛み、スザクは眉根を寄せた。
握り締めた両手は、何を隠すためだっただろう。
(ルルーシュ)
ジノが触れて、冗談交じりに口付けを落とすその手は、自分だけが触れていいものであって欲しかった。
彼の微笑みは、慈愛は、ゆるやかに心まで包み込むあの抱擁は、自分だけの特権であって欲しかった。
(……馬鹿げている)
彼に向かう衝動。それは、劣情だ。
自分以外の、彼に関わるものすべてを排除したいと思う、独占欲。
自ら彼を遠ざけ傷つけようとしたくせに、彼に向かう感情はすでに常人のそれを超えている。
友情でもなければ愛情でもない。そこにあるのは、ただひとつの現実。
カツン。
再び踏み出した足は、思った以上に靴音を響かせた。
ルルーシュがジノに見せていた表情をすっと引っ込める。無表情にも近いその顔は、彼の仮面のひとつだった。
「スザク」
「お待たせして申し訳ありません。ルルーシュ殿下」
自然な動作で彼の前に膝をついたスザクを、ジノが咎めるように見つめた。ジノがルルーシュに想いを寄せていることを、スザクは知っている。知っていて、好都合だと呟きながら、ジノが彼に近付くのを傍観している。なのにこうして彼の理解者のような視線を向けられれば、胸の奥でざわりと騒ぐものがあった。
どうして殿下を追い詰めるのだと、怒りを含んだ声音でジノに問いかけられたのが一週間前。彼との間に友情があったんだろう、と。家族のような愛情もあったのだろう、と。
ジノは真剣だった。真剣で、真っ直ぐで、それがスザクには受け入れられない。
(ああ、そうだ。こんなことを考えるのは、あれからだ)
スザク、ともう一度呼ばれ、ルルーシュがスザクの肩に手を伸ばしてくる。だがそれが届く前に、すっとスザクは身を引いて立ち上がった。
瞬間、顔を歪めた彼が視界に入ったが、罪悪感は封じ込める。そんな風に考えてはいけないのだ。
場の空気を和ませるためか、ジノがスザクの肩に腕を回してくる。重いよ、と言えば、遅かったから待ちくたびれたんだよ、と明るい声が返ってくる。
ジノの真っ直ぐさは好きだ。彼はこんな、歪んだ感情は持ち合わせていないだろう。だからこそスザクは彼のことを信頼しているし、彼の言動も無関心を装って看過している。
けれど、それゆえに、彼にはスザクの心を知ることは出来ないのだ。
(友情か、愛情か?……馬鹿げている)
こんな歪んだ想いが、そんなきれいなものであるはずがないじゃないか。
友情でも愛情でもない。
そう、これは、
―――歪な執着。
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愛情か友情か?
そんな馬鹿げた問いを頭に浮かべ、スザクは椅子にかけておいたマントを取ると肩にかけた。
馬鹿げているだろう。
もう一度、確かめるように、己に言い聞かせるように心の中で呟くと、すうっと息を吸い込む。
(お前は誰だ)
旧日本、エリア11最期の首相枢木ゲンブが嫡子、枢木スザク。名誉ブリタニア人、皇帝直属の騎士、ナイト・オブ・ラウンズ。
(何故、ここにいる)
祖国を取り戻すため。衛星エリアとはいえ、お世辞にも落ち着いているとは言い難いかの地に、己の手で安寧を。
(ここで、何を為す)
ナイト・オブ・ラウンズとして武勲を上げ、ナイト・オブ・ワンに。
(そのためには、何が必要だ)
術と力、そして圧倒的な破壊。自分の手が血に塗れていけばいくほど、目的に近くなる。
(得るものは)
地位と権利。
(失ったものは)
「…………」
閉じていた瞼を上げ、自室の扉を開ける。マントを翻し進む通路には自分ひとりだけの足音が響いた。
失ったものは矜持とでも言うべきか。日本人としての自分を捨て、敵国であるブリタニアに膝をつき頭を垂れ、同胞をその手にかけてまで手に入れた地位。
現在の自分に向けられる様々な視線を知っている。白き死神に向けられる畏れ、ナイト・オブ・セブンに向けられる妬視、枢木スザクに向けられる憎悪。
そんなものは取るに足らなかった。ナイト・オブ・ラウンズになったときから覚悟していた――いや、その言い方は少し違う。覚悟などというきれいな言葉で表せるものではない。人々の蔑みや怨恨など意に介さなかった。
関係ない。周りがどう思おうと、どう罵ろうと知ったことではない。
(俺は、前に進むことしか知らない)
心を揺さぶられる必要はない。ただ、目的に向かって、進むだけ。
(だから)
視線の先に、緑色のマントと金色の髪が見えた。隣にはピンク色の髪をした小柄な少女が相変わらず携帯を弄っている。
ナイト・オブ・ラウンズの集まる作戦指令室。今日のブリーフィングは、目の前の二人と自分の三人で行う作戦のためだ。
知らず足が重くなるのを感じ、スザクは一度歩みを止めた。
彼らはまだスザクの存在に気付いていないだろう。スザクがどんな視線で彼らを見ているかなんて知りもしないだろう。
声は聞こえない。何を話しているのかなど、わからない。
ただ、見えるだけだ。
彼の姿が。
ジノが嬉しそうに笑って身をかがめる。その頭に、呆れたような表情の彼が手を伸ばす。
甘やかすように撫でるその仕草、ジノの言葉に笑ったり怒ったりと表情を変える、その人。
スザクが失ってしまった、彼、の。
「……っ」
唇を噛み、スザクは眉根を寄せた。
握り締めた両手は、何を隠すためだっただろう。
(ルルーシュ)
ジノが触れて、冗談交じりに口付けを落とすその手は、自分だけが触れていいものであって欲しかった。
彼の微笑みは、慈愛は、ゆるやかに心まで包み込むあの抱擁は、自分だけの特権であって欲しかった。
(……馬鹿げている)
彼に向かう衝動。それは、劣情だ。
自分以外の、彼に関わるものすべてを排除したいと思う、独占欲。
自ら彼を遠ざけ傷つけようとしたくせに、彼に向かう感情はすでに常人のそれを超えている。
友情でもなければ愛情でもない。そこにあるのは、ただひとつの現実。
カツン。
再び踏み出した足は、思った以上に靴音を響かせた。
ルルーシュがジノに見せていた表情をすっと引っ込める。無表情にも近いその顔は、彼の仮面のひとつだった。
「スザク」
「お待たせして申し訳ありません。ルルーシュ殿下」
自然な動作で彼の前に膝をついたスザクを、ジノが咎めるように見つめた。ジノがルルーシュに想いを寄せていることを、スザクは知っている。知っていて、好都合だと呟きながら、ジノが彼に近付くのを傍観している。なのにこうして彼の理解者のような視線を向けられれば、胸の奥でざわりと騒ぐものがあった。
どうして殿下を追い詰めるのだと、怒りを含んだ声音でジノに問いかけられたのが一週間前。彼との間に友情があったんだろう、と。家族のような愛情もあったのだろう、と。
ジノは真剣だった。真剣で、真っ直ぐで、それがスザクには受け入れられない。
(ああ、そうだ。こんなことを考えるのは、あれからだ)
スザク、ともう一度呼ばれ、ルルーシュがスザクの肩に手を伸ばしてくる。だがそれが届く前に、すっとスザクは身を引いて立ち上がった。
瞬間、顔を歪めた彼が視界に入ったが、罪悪感は封じ込める。そんな風に考えてはいけないのだ。
場の空気を和ませるためか、ジノがスザクの肩に腕を回してくる。重いよ、と言えば、遅かったから待ちくたびれたんだよ、と明るい声が返ってくる。
ジノの真っ直ぐさは好きだ。彼はこんな、歪んだ感情は持ち合わせていないだろう。だからこそスザクは彼のことを信頼しているし、彼の言動も無関心を装って看過している。
けれど、それゆえに、彼にはスザクの心を知ることは出来ないのだ。
(友情か、愛情か?……馬鹿げている)
こんな歪んだ想いが、そんなきれいなものであるはずがないじゃないか。
友情でも愛情でもない。
そう、これは、
―――歪な執着。
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